1-⑥
「ルキぃ、まだ着かないのー⋯⋯?」
足元に広がる、米粒サイズのビルの集合。
四方八方から吹く、殴りつけるような強風。
俺は今、ルキの前足にぶらさがって、空を飛んでいる。
⋯⋯何分だろうな、三十分くらい?
少しでも気をゆるめれば、手を離して落下死コースだ。
俺はうらめしげに腕を見上げた。
真っ赤な空が透けて見える半透明の膜をなびかせ、ルキが輝く黄金の翼をはばたかせている。
白いドラゴンって、見たことないから、色をどうにかできないかってボヤいてたら、ルキが身震いして、元の色に戻ったんだ。
すごくない!? うちの子天才⋯⋯みたいな。
「うおっ!?」
あっぶな⋯⋯! 落ちるかと思った⋯⋯!
手を離しかけた俺を、ルキがサッと尾で助けてくれた。
進む速度をゆるめ、慎重に俺の足を支えてくれる。
「クルルゥ」
気をつけて、と言いたそうに、ルキが喉を鳴らす。
俺が前足をつかみなおしたのを確認し、ルキは大きくはばたいた。
⋯⋯俺だって、分かってはいるさ。
ルキもアイも、空を飛ぶしか出る方法がないって。
ルキがアイを背負って、口で男をくわえるなら、俺は足につかまるか、尾につかまるか、二択から選ぶしかないんだって。
⋯⋯え? 俺が一人で路地から出て、ルキだけ飛んでいけばいいって?
ムリだ。もう日が暮れる。
アイと男はどこに置いて寝ればいいんだよ⋯⋯。
この辺はドラゴン協会がないから、遠くまで行かないといけない。
そうなると、俺が歩いてたら夜になる。
だから⋯⋯ってことで今の状況なんだけど。
もう限界だ⋯⋯! 万年運動不足には厳しい⋯⋯!
腕がしびれて、感覚がなくなってきたとき。
「クルルー」
ルキがバサッと音を立てて降りはじめ、俺は最後の力をふりしぼるように、ルキの足にしがみついた。
うつむいた視界に、大きな影が映る。
スニーカーごしに伝わる硬い感触に、俺はホッと息をついた。
やぁっと着いたぁ⋯⋯!
つま先から着地して手を離し、トトッと数歩、はねるように前に進む。
ルキが体を沈ませ、俺がさっきまでいた場所に降り立った。
「お疲れ様、ルキ⋯⋯」
「動くな。見ない顔だな。そのドラゴンと人間について、話を聞かせてもらおうか」
ルキをなでようと伸ばした手が、ぬいつけられたように止まる。
あっちこっちにはね放題な真っ黒な髪。
気だるそうに細められた、青みがかった黒い瞳。
スラリと背の高い、線の細い男性が、ゆっくりと歩みよってくる。
音もなく現れた、黒いローブをまとった男と漆黒のうろこのドラゴンは、俺たちと一歩の間合いをとって、足を止めた。
「血まみれの中型ドラゴンと人間――それを持ってんのが、ガキなんだ。ギルドの真正面に立たれちゃ、誰も近よれないだろ。それとも、そんなに目立ちたいのか?」
「ギルド?」
なんとか出た声も、情けないことにかすれている。
乾いた目を左右に動かすと、数人の人が遠巻きに俺たちを見ている。
この人、ひょうひょうとした歩きだったから、威圧感は黒いドラゴンのだろうって思ってたけど。
違うっぽいな。ドラゴンよりも、この人のほうが⋯⋯!
彼はあきれたように眉を上げると、親指を背後に向けた。
その先にあるのは、木造の五階建ての建物だ。
古そうだけど、傷んでいるところはなく、丁寧に手入れされているのが見て分かる。
「⋯⋯?」
「お前なぁ。報告に来たんだろ」
「いや、俺はドラゴン協会に⋯⋯」
「ドラゴン協会?」
彼は予想外なものが出てきた、というように、すっとんきょうな声を上げた。
キョトンとした表情は、みるみるゆがんでいき、
「なんだお前っ⋯⋯!! いつの時代の人間だよ⋯⋯ヒーッ腹いてぇー!」
お腹を抱えて地面を転がりはじめた。
気のせいか、彼のドラゴンがゲンナリした顔をしている。
「グルル⋯⋯!」
「ル、ルキ。落ちついて。なんでそんなに笑うんだ? 別に面白くないだろ」
「本当に信じてんのか⋯⋯! あのな、ドラゴン協会は昔、禁忌に手を出して、今のギルド本部に壊滅させられたんだよ。だから、今はギルドが、ドラゴンとドラゴニストを統制してる。ドラゴン協会なんて、もうないんだ」
だいぶ話がそれたな、と言いながら、彼は切れ長の目を細めた。
「中で事情を聞こう。⋯⋯あ、そういえば、名前言ってなかったな。俺はアーベント。みんなにはアルって呼ばれてる。ここのギルド長だ。で、こっちは相棒のツヴァイ。お前のドラゴンと補色属性の中型ドラゴンだな。じゃ、行くぞ」
アルが背中を向けると、ツヴァイはギルドの横の、木の柱を組み立てただけの舎に歩いていき、その一画に丸くなった。
うっすらと開いた紫の瞳がルキを捉えて、静かに閉じた。
ルキもこいってことだろうな。
「クルルゥ」
「大丈夫。すぐに迎えにくるよ」
寂しそうに頭を寄せるルキをなだめ、ギルドの玄関先で興味深そうに見ているアルの元に駆けよった。
「⋯⋯? どうした?」
「いやぁ、別に。珍しい子だなって、見てただけ」
心臓が、ドクンとはねた。
まさか、ルキが珍しいドラゴンだって、気づいて⋯⋯!?
「あそこまで甘えるドラゴンは、珍しいだろ。きっと、すごく信頼してんだ」
「あ、あはは。そうかな」