1−⑤
そういえば、ルキはあのとき、腕の中で脈を感じなかった。
それって、死んだってことだ。
ルキが生きてることが嬉しすぎて、気にも留めなかったけど、変なこと⋯⋯だよな? 生きかえったってことだから。
⋯⋯ダメだ。一度にいろいろ起こりすぎて、感覚がおかしくなってる。
「まぁ、いいや。ルキが生きて、俺と一緒にいる。それで十分だ」
「クルゥ」
俺は考えるのを諦め、ルキに笑いかけた。
「とりあえず、アイツらをドラゴン協会に報告しなきゃいけないんだけど⋯⋯ルキがやったんだよな?」
「クルルゥ」
ルキが、喉を鳴らしてうなずく。
「理由は、正当防衛。⋯⋯最悪、牢屋に入らないといけなくなるかもだけど、そのときは、俺も一緒だからな。今回はあっちから仕掛けてきたし、大丈夫だとは思うけど」
「クルゥ!」
「今の世の中って、物騒らしいしさ。じゃあ、アイツらを乗せるやつ探してくるから、ルキはここで見張っといて」
「クルルゥ!」
俺がよいしょ、と立ち上がると、ルキは、まかせて! というように大きく尾を振った。
ふへへへへー、天使だ。愛らしすぎる!
顔をだらしなくゆるませてルキを一なでし、細暗い路地へと足を向ける。
ここに来る途中、ガラクタがいっぱい転がってたよな。
テレビとか、ソファとか、扇風機とか⋯⋯。
その中に台車みたいなのって、あったかな?
もしなかったら、もうちょい遠くまで探しに行く?
いや、ルキと離れすぎるのもよくない⋯⋯というより、俺が嫌だ。
でも、見つからなかったら、アイツらを運べないし⋯⋯。
って、アイは中型ドラゴンだ。ルキでさえ俺より大きいのに、その一回り大きいとなるとなぁ。
台車があったところで、アイを乗せられるか?
そもそも道がないんじゃ⋯⋯。
もういいや。台車を探してから考えよう。
ドンッ!
「ルキっ!?」
つま先が細暗い路地に吸いこまれたときだった。
背後から何かが倒れるような音がして、俺はバッと振り返った。
「⋯⋯おい、ルキ?」
目に映った光景が信じられず、ゴシゴシと腕で目をこする。
パチパチとまばたきをしても、見ている動きは変わらない。
ルキが、アイを背に乗せて、男をくわえてる。
だけど、アイはルキの一回り大きいから、顔と双翼以外は全部隠れていて、アイの足と尾は地面に投げ出されている。
⋯⋯何してるんだ?
やってみたらできちゃった、といわんばかりに、ルキがキラキラと見つめてくる。
たしかに、ルキがそうやって運べるなら、一番の解決方法だけどさ。
ルキは俺よりも大きくなったから、俺でもギリギリな路地は通れないわけで⋯⋯。
ん? ってことは、ルキはどこから帰るんだ?
しまった⋯⋯! アイツらが通れないことばっかり考えてる場合じゃなかった!
ルキも通れない。帰れないじゃん!
「ど、どうしよう」
最悪、ここに住みつこう、などと考えていたとき、
バサッ
風を力強く凪ぐ音が、空気を切りさいた。
パッとはじかれたように顔を上げる。
ずっと夢見てた姿。
健気に翼を動かして、いつか飛べるようになるといいな、なんて淡い願い。
それが今、目の前に実現してる。
ルキが、飛んでる⋯⋯!!
「あれ⋯⋯?」
輪郭を失ったルキと、頬を伝うなめらかな感触。
「クル? クルルゥ!?」
ルキが慌てたように駆けよってくる。
そっか、俺、泣いてるんだ。
ルキが浮いたって、ただそれだけのことだけど。
ドラゴンとしては、当たり前のことかもしれないけど。
うううぅぅ⋯⋯! これが泣かないでいられるか!
ルキが、ずっと飛べなかったのに、初めて飛んだんだぞ!
できなかったことが、できるようになった。
最愛の相棒なんだ、嬉しいに決まってるだろ⋯⋯!!
キューキューと心配そうに鳴きながら、ルキが俺の頬をなめてくる。
俺の顔ほどもある大きさの舌は、前のルキのものとは全く違って。
「よかった、よかったなぁ⋯⋯!」
ルキのフワフワな首に顔をうずめ、俺はしゃくりを上げて泣いたのだった。