1-②
「ッ!! ルキ!」
広場のつきあたりで、一人の男性が背を向けて立ち、側には藍色の中型ドラゴンが控えている。
その足元に目が吸い寄せられ、駆け出そうとした瞬間、足の力がスッと抜け、前に倒れこんだ。
「ぃっ、なんで⋯⋯!?」
動け、と叫びながら、バンバン足をたたく。
ドラゴンの足元には、変わらず真っ赤な丸い塊が転がっている。
だけど、見間違うハズがない。
形、大きさ、雰囲気。感じられる全てがルキだ。
俺の予感は、当たっていた⋯⋯!
「あれえ? お前、まさか、アレのドラゴニスト?」
男は真っ青に染めたセミロングの髪をかきあげ、かたわらのドラゴンに手をついた。
一瞬怯えるように縮こまったドラゴンは、男が睨むと、ピンッと背を伸ばした。
キッと俺が睨みつけると、彼は芝居がかったように両手を上げた。
「あー、怖い怖い。これだから、下位のドラゴニストは⋯⋯」
「ルキを返せ」
「ルキ?」
ポカンとした表情が、みるみるうちに馬鹿にするものに変わっていく。
「アッハハハハ! こんなのに名前なんてつけちゃって、おっかしー!」
「なんで笑う」
「なんでって⋯⋯ブフッ⋯⋯お前は道具に名前をつけて、かわいがるのかよ⋯⋯!」
「ハァ? ルキは道具じゃな⋯⋯ッ!」
勢いよく足を振り上げた男を見て、心臓がドッと脈を打った。
「ハイ、笑わせてくれた⋯⋯お礼っ!」
「やめろッ!」
俺の叫びもむなしく、ルキの小さな体が、グンッと宙に舞い上がる。
キュ、とかすかに鳴いたルキが落ちるのが、やたらと遅く感じる。
ペチャッと不気味な音を立てて地面にたたきつけられたルキは、いつもより一回り、小さく見えた。
「ルキっ!」
ハッと我に返って、目の前で動かないルキを抱えこむ。
そんな、ウソだろ⋯⋯ッ。
腕と服が、ルキの血であっという間に赤く染まる。
したたった血は、早くも地面に水たまりを作った。
「ルキ。なぁ、ルキってば⋯⋯っ!」
いつもみたいに、嬉しそうに俺を見てくれよっ⋯⋯!
いくら呼んでも、眩しいくらい輝いてた瞳は、眠るように閉じられたまま。
俺の体温よりも低くなった小さな体は、ピクリとも動かない。今にも消えそうなほど、軽い。
呼吸が苦しい。心臓がうるさい。体が冷たい。
イヤだ。もう、あんな思いは⋯⋯!
「おれをっ、また一人にしないでくれ⋯⋯!」
俺の悲痛な叫びが、コンクリの壁に素っ気なくあしらわれる。
なぁ、ルキ。
俺はルキがもっとちっちゃい頃からずっと、一緒にいたよ。
俺もその頃はようやく言葉を話せるようになった頃だったけどさ。
俺は両親が行方不明で、親代わりだった人も、目の前で急に死んじゃったから、ルキだけが生きる意味だったんだ。
ルキがいなかったら、あの日偶然出会えてなかったら、俺は今、どうなってたか分からない。
だから、だからさ⋯⋯っ。
「もう俺を、置いていかないで⋯⋯」
ギュッとルキを抱きしめたとき、耳元で風がうなりを上げた。
「俺を無視しないでくれる? ⋯⋯お前は泣かないんだね。ドラゴンが死んだのに。つまんないなぁ」
「ルキは死んでない」
「生意気だなぁ。⋯⋯その目、嫌いだ」
男がゆっくりと歩み寄ってきて、俺の左足を踏みつけた。
「足、動かないんだって? 契約してるドラゴンが死んだんだから、当然なんだけど⋯⋯。お前は運がいい。大抵のドラゴニストは、ドラゴンと一緒に死ぬんだから⋯⋯さっ!」
「ッ! ぐああぁああぁ!」
左足がバキョッと砕けた音を上げる。
あまりの衝撃に、息が止まる。
痛すぎて、視界が白く瞬く。
力の入らない体をなんとか支え、ルキを抱えなおす。
ゆるゆると首を回すと、ドラゴンが前足を俺の左足にのせているのが見えた。
中型のドラゴンの体重をかけられてるんだ。
折れるのは当然、潰れてダメになってるだろうな。
そんなことをぽーっと考えていると、男が不快げに鼻を鳴らした。
「こんなにされても、その反応って。やっぱお前、つまんない。何をしたら、その表情を崩すんだよ⋯⋯」
彼はツーッと俺に目をすべらせ、いい案が浮かんだように、ニヤリと口角を上げた。
「あぁ、それかな。アイ、やれ」
「グルゥ⋯⋯」
「おい、鳴くな。許可してないぞ!」
「ッ!」
男が袖に隠れた手首に触れると、中型ドラゴン――アイが苦しそうに頭を垂れる。
ドラゴンにあんなことさせて⋯⋯!
基本、プライドが高い子が多いから、心の中は、すごく傷ついてるはずだ。
契約は、ドラゴンを操れるようになるわけじゃない。
お互いが必要とし合っていて、共に生きることを誓い、加護を受けるものだ。
一方的な破棄はできないし、一心同体になるけど、不満に思えば抵抗くらいできるはず。
なのに、どうして、アイは苦しそうに従うんだろう。
フーッと顔に熱い風が当たって、ハッと首を戻す。
ザラリとした硬い鱗で覆われたアイの顔が、ぶつかりそうな近さに⋯⋯!?
一瞬だけ合った瞳に小さく息をのんだ。
ものすごい屈辱で燃えてる⋯⋯!
やっぱり、ああいうのは嫌なんだ。
ますます謎が深まるだけだよ。