1-①
「ルキ、取ってこーい!」
俺が手のひらサイズのボールを投げると、ルキは小さな翼をはばたかせ、はねるボールをくわえた。
「クルルー」
嬉しそうに鳴いたルキは、短い足を一生懸命に動かし、俺の足元にボールを置いた。
くぅ~、今日もルキはかわいいな!
真っ直ぐに見つめる、赤みがかった大きな黒目。
上機嫌に触れるフサフサな尾と、ピンととがった三角の耳。
ちょこんと頭にのった小さな双角は、ドラゴンの証。
さ・ら・に!
全身をモッコモコな羽毛で包まれ、背にはオマケみたいな二つの翼がついている。
あらためて紹介しよう。
両手にすっぽりと収まる、このかわいすぎるドラゴンは、ルキ。俺の相棒だ。
今は、ルキと一緒に家の近くの公園に遊びに来ている。
一面、何もない野原だけど、そのおかげで、俺たちしかいないから、思いっきり遊べるんだ。
くふふ、ルキを独り占めなんて! 贅沢だ! でも嬉しい!
「クル?」
ルキが小さく鳴いて、首をかしげる。
ぐっ、反則だ!
ルキの周りが、星でも浮かんでいるみたいに輝いて見える。
俺は、膝を折ってボールを握ると、ルキの頭上をこえるように放る。
パッと後ろを振り返ったルキは、翼をはばたかせながら、はねるようにボールを追った。
そんな後ろ姿を見ながら、俺はふと胸につっかえるものを感じた。
⋯⋯ルキってさ、飛べないんだ。
ドラゴンって、そもそも人間より一回り以上大きいし、立派で大きな翼を使って、空を自由に飛び回ることができる。
それなのに、ルキは小さすぎるし、翼があるのに、はばたくだけで、体は浮かない。
だけど、ルキはこうして翼を動かして、ボールを追う。
ルキは飛んでいるつもりかもしれないけど、残念ながら、足が地面から離れることはない。
そんな健気な姿も愛らしいけど、それ以上に、何もしてやれない自分に、どうしょうもなく腹が立つんだ。
⋯⋯って、あれ?
ルキが戻ってこない⋯⋯? ボール、そんなに遠くに投げてないハズなのに。
慌てて首をめぐらせても、俺の視界には風に揺れる草木が映るだけ。
ルキがイタズラで隠れてる?
いや、それは俺が心配するって分かってるから、ない。
だとしたら、なんで見つからない!?
見通しのいい公園だ、それでも目の届く範囲にボールを投げるように、注意していた。
何がどうしたら、ルキが消えるんだ。
冷えきった指先を、グッと握りこんだとき。
「ルキ⋯⋯!」
・・
公園を出てすぐの路地に、ルキがいる予感がした。
考えるより先に体が動いて、今まで出したこともないようなスピードで走っていた。
でもなんで、あんな暗くて細い場所にいるん⋯⋯。
限界まで伸ばした足を、転びそうなほど速く前に出す。
嫌な予感に、ツーッと冷や汗が背中を伝った。
まさかまさかまさかまさかまさか⋯⋯!
誘拐!?
でもなんでルキが⋯⋯。いや、なんでじゃないな。
小さくて、あんなにかわいいドラゴンは、他にいないから。
珍しいから、ルキを攫って――!?
人一人がギリギリ通れるくらいの道に、テレビやら、大型の家具やら、壊れたモノが乱雑に、窮屈そうに置かれている。
一寸先は真っ暗闇で、黒いインクで塗りたくられたみたいに、何も見えない。
だからって、進まない理由にはならない⋯⋯!
俺は不安定な足場を躊躇せずけり、迷わず暗がりを曲がる。
絶対にスピードを落とさないように。
でも、別の理由も考えられる。
世の中には、たくさんのドラゴンがいて、人間は長年もの間、ドラゴンと契約することで栄えてきた。ドラゴニストって呼ばれてる。
高位なドラゴンほど大きく、強く、契約も難しいから、大きいドラゴンと契約してる人ほど、重宝された。
そう、今世の主な価値観は、どれだけ大きいドラゴンを従えているか、なんだ。
中には、自身に与えられた権力で横暴する人とか、自分のドラゴンより小さい場合、そのドラゴニストとドラゴンに攻撃する人とかもいる。
俺が心配なのは、後者だ。
ルキは人間より小さいから、そういうヤツらだった場合、どうなっているか、分からない。
最悪の結果を想像してしまった俺は、無意識に速度を上げる。
悲鳴を上げる体なんか気にならないくらい、頭の中がルキでいっぱいだ。
ビュォッと風が、俺をたたいてすりぬけていく。
道を抜けた先は、背の高いビルに囲われた、コンクリの広場だった。
壁にスプレーで落書きがしてあり、その壁も、今にも崩れそうで、不安を煽るような空間だ。
それに、結構広い。
小型ドラゴン三匹だったら、戦えそう――。
「ッ!!」