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我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか

頑張って書きましたので、アップしていきます。

第一章 夜長旅


 ある曇り空の日のことだ。雨こそは降っていないが、憂鬱を生み出すような空の下。しかし考えてみると空が青いとは不思議で不可解なことであり、その理由を今一度調べてみようかなどと考え、馬鹿らしくなった。笑ってしまった。死のうとしているというのに、調べたくなるとはなんと間抜けだろうか。夕日は歩いて駅に向かう。駅は昼間であっても夜であってもよく混んでいる。賑やかだ。その賑やかさに一抹の安堵を覚える。その存在する人間の種類の数の豊かさが心地よい。そこにはいろいろなものがある。あって良い。しかし、あってはならぬ。この世界には守るべき姿、あるべき姿、常識がある。表面上許されていて、実際は許可されない。嘲笑われて、馬鹿にされ、貶される。そしてそれが正しい。間違っているのは、その場で縮こまる人ならざるもの。ゴミ溜めの方が価値があり、生きているだけで面倒極まりない。皆思う。早く死ね。いなくなってしまえ。大層恥をかけ。苦しい思いをして大失敗するのだ。それが普通。

 駅にいるといろいろなことを考えられる。たくさんの人間は何をしているのだろうか。このやうな状態でよく社会が回るものだ。それは奇跡に近い。ほうほうに、ほうほうに向かう人間たち、この世界にはどこに中心があるのだろう。あるべき場所はどこであるか。夕日は考える。そんなものどこにもなかった。もし、この場で列車に飛び込んだら、きっと自分は死ぬことができるだろう。それは幸いである。同時にちろりトカゲの舌のような恐怖もやってくる。長いことあっていない両親を思い出す。飛び込もうとしているわけじゃないのに、走馬灯のようなものが頭の中で流れ出し、そこには喜怒哀楽の古い喜びや楽しみばかりが強調されている。

 夕日は、どれだけも駅のホームで立ち尽くしていた。時折、座り、風景を眺め、頭を抱え、立ち上がり、別のホームに向かう。列車が運ぶ風を浴び、流れ去ってゆく虚しさを見つめる。ずっとそうやっていた。電車に乗り、時間が経ち、よく知らない駅で降りて、バスに乗り、気が付けば、夜中になってしまった。


 夕日は、追い詰められていた。そして思い切った行動に出た。

 ある町の建物の脇で、夕日は死んだ。飛び降りたのだ。

 その瞬間を覚えている。世界が駆け抜けてスローになり瞬間、暗黒になった。波打つような感覚ののち、一瞬の衝撃、そして全てが消えた。

 真っ暗だ。

 真っ暗だと思ったら、体が痛み出した。地面が冷たい。ざらついている。目が覚めた。夜で暗いからよくわからないが血溜まりの中に夕日はいた。痛みは次第に消えていった。

「どう、痛かったかしら?」

 そんな声がした。女の子の声。顔を上げれば、そこに誰かいるらしかった。

「死ぬほどの人生ならもういらないでしょう? それ、私が貰ったわ」

 真っ暗な夜のような人生を超えてその先に、夜が待っていた。


「こっちに来なさい」

 その言葉には有無を言わせぬ力があった。飛び降り死んだはずの夕日は血だまりの中から起き上がり、服を払い声のする者のあとをついていった。

 表通りに出た。車が行き交う中で、声の主の姿が見えた。黒いドレスを着た少女だった。

「これは現実よ。あなた、夢を見ていると思っているわね。胡蝶の夢なんかじゃないわ」

 車の光が少女の長い髪を光らせる。銀髪だ。彼女は微笑んでいた。

 夕日は自身の体を見下ろした。黒ずんでいる。血だらけであった。

「僕は、生きている?」

「何馬鹿なこと言っているの? 頭打っちゃったの? 死んだ記憶あるでしょう? 私が生き返らせたのよ」

 少女はずいと顔を近づけて笑みを浮かべる。

「お兄さん、名前教えてよ」

「夕日だ」

「そう。いい名前ね。夕日。似合っているわ」

 夕日はそれを今まで信じたことがない。

「流石に体洗いましょうか?」

 少女が進み、手招きしたところ、建物の隅っこにホースと蛇口があり、それを使って水をかけられた。かなり冷たかった。

 呆然としている夕日に向かって少女はポケットから手紙のようなものを取り出した。


 死にたいと思った。何も良いことがなく毎日鬱屈としていた。常々不安であった。もし、何かの奇跡で伴侶などを得たら、もう逃げ出すことはできない。だから、私にはそんなもの不要なのだ。そのやうな資格すらないだろう。人の役にも立てず、根性もなく、明晰な知性もない。判断する力もなく能力もなく、いつも頼ってばかりいる。経験を積んでどうにかなると己自身思えるかと問われればそうは思えない。自分で何もしてこなかったから、何もできないゴミができあがってしまった。かようなもの、社会にとってゴミである。不要である。いるべきではない。いない方が世のためである。さらに患った精神はいつか人に攻撃するかもしれない。癇癪がやけを起こすかもしれない。そんな可能性を孕んでいて何、生きている価値があろうか。あるはずないでないか。さっさと死ぬがよい。わたしはわたしについてそう思っている。このまま消えられるのならば、それにこしたことはない。

 早く死んでしまいたい。この望みがただの逃避であるにしても、病であるにしてもわたしはわたしの魂を信じている。もう疲れたのだ。非難の眼も強い口調もききとうないのだ。人なんてさっさと全員滅んでしまえ。そんな願いを持つわたしはこの世にいらない。だから、死にたい。早く死にたい。運命ならば、よい。それで良い。怖いがもう、それを変える力もない。


 それは夕日の遺書だった。屋上から拾ってきたのだろう。

「読み上げられるとは変な気分だ」

 心は不思議なことにそれが他人事であるかのようによく落ち着いていた。

「よくがんばったね」

 彼女の言葉に夕日は眼を丸くした。その場に硬直した。

「もうあなたは死から解放されたわ」

「……信じられない」

「事実なのだから仕方ないの。天が回るのではなく、地面が動いているのよ。信じるしかないわ」

 夕日は肩を落とした。

「大丈夫よ。おいおいわかっていくわ」

 少女は夕日に手を差し出した。

「これから共に歩むの。握手しましょう」

 水に濡れて血の滲んだ手を見下ろし、物おじしていると少女が手を掴んできた。

「私の名前は悠理。夕日と似ているのよ」

 秋の頃。涼しい夜の頃。自殺した夕日の前には想像さえしなかったことが起きてしまった。

続きも読んでいただけたら大変うれしく思います。

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