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女は苦しそうに体を曲げて、体を起こした。
「それは私らが作ってるよ」
そして一気にニコラの煎じた薬を飲み干した。
ニコラとジャンと、フォレストは信じられない事を聞いたように、お互いの顔を見合わせる。
こんな健康状態で、緑銀石を扱うなど、自殺行為だ。
ニコラはガタリと思わず立ち上がり、女の体を掴んで揺さぶる。
「おばさん??そんな体で何を言ってるの??緑銀石がどれだけ危険なのか、知らないわけじゃないでしょ??」
健康体の、薬の扱いに長けたニコラですら、滅多に扱わないほどの劇薬だ。
素人の、病人の女が扱うなど、自殺行為以外の何者でもない。
だが女は、薬を飲んで少し楽になったのだろう、ふう、と息をつくと、これがこの女の本来の姿なのだろうか。
ニヤリと悪い顔で笑顔を浮かべて、ニコラに言った。
「それがね、ニコラちゃん。この病人は、どういう訳だかどれだけあの粉に触れても、問題がないんだよ。どうやらこの病気は、緑銀石の毒を消す役割があるみたいなんだ。だったら、病気だって寝てる場合じゃないよ。金を稼がなきゃね!」
うしし、と女は落ち窪んだ目で弓のような弧を描いて、笑った。
こんな命の灯火もあとそろそろ潰えそうな女の、病気すら利用して金稼ぎをしようとするその根性に、フォレストは言葉が出ない。それに、だ。
(炭鉱病患者に、緑銀石の毒が効かない・・これは、もしかすると)
フォレストの家は代々の、名門宮廷薬師だ。
いくつかの文献がフォレストの頭の中を疾走する。これは、緑銀石の無毒化への突破口に、なるやもしれない。
ジャンが続けた。
「なるほどご婦人。魔術師による掘削魔法が放たれた後に、緑銀石が出ていたら、魔力に触れたその粉をあなた方ご病人で集めて、ガラスに封じ込める作業をさせる。そうやって作成した黒魔石の偽物を、集める元時めが、いるのですね」
「そうだよ、お貴族様。粉が出ちまったら、警報が出るだろう。警報が出たら、その後に、私らのところにやってきて、ガラスも全部用意してくれるんだ。あの人の正体を探りにここまで来たんだったら、お生憎様だけど、私らも知らないんだよ。ただ、できた石を全部引き取ってくれて、私らはその日のうちに金をもらう。お互いそれ以上は知らないのさ」
(なるほど、という事は、この粉は作為的に作られている粉ではない。緑銀石が偶然掘削魔法に触れた際の、副産物という事か。それを悪用している人物が、この事件の黒幕か・・)
今回の遺留品の中で、魔力に触れている部分は、猛毒である緑銀石のみ。ジャンは、犯人の魔力に触れる事ができないこの状態で、黒幕を推理する。第四騎士団では、中級魔術師の仕業と踏んで捜査を進めていたが、まるで的外れな方針であったわけだ。フワン団長が、キリキリと痛む胃を抑えて会議に出ていた姿を思い出す。
ニコラはニコラで、忙しく頭を回転させていたる。
(こんな死に損ないのおばさんをこき使って、一つ銀貨5枚の偽物。おばさんへの手数料には多分一つで銅貨一枚ね・・なんて強欲な・・)
先ほどニコラが子供からもらった銅貨が、いつものススだらけのきたねえ硬貨ではなく、割と新しいものだったのだ。新しい硬貨は、王都から流通が進み、こんな場末には発行されて10年くらいのものがようやく辿り着くくらいだ。おかしいと思っていたのだ。
と、言うことはだ。ガラス代やらなんやらを引いても、儲けは一つで銀貨4枚。運送費もかからないだろう。
うまい商売だ。
こんな簡単な商売で、しかも法に触れているなら、ニコラであれば協力者は最低限にしておく。
分け前で揉める時に、大体尻尾が出てしまうのだ。
(単独犯ね。それから王都のお金を持っている人。掘削の時の警報が聞けて、緑銀石の毒が、炭鉱病患者には効かないって知ってる人物。そうなると、やっぱりあいつしか、いないわ)
ニコラにの心当たりは、確信に変わる。




