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フワン隊長は、魔法機動隊の第四部隊の隊長で、この偽物の黒魔石の事件は、第四の担当らしい。
通常は他の隊の案件にはお互い不干渉なのだが、かの名高いバルティモア伯爵の、運命に翻弄された忘れ形見の話は、王都では知らぬものはいない。
魔女育ちのその不思議な見識から、幾つもの事件を解決してきた事は第四部隊でももちろん知られている。
そんなニコラが、自分の担当している難事件に興味を示したのだ。
隊の垣根など、本当に些細な事だ。
「バルティモア伯爵令嬢、この事件は不可解な事が多いのです」
ふー、っと薄暗い部屋の中で、お茶を啜りながら、隊長は続けた。
フワン隊長の部下から、皆に、フワン隊長のものと同じ、変な匂いのするお茶を入れて出してもらったのだが、きみが悪くて誰も口をつけない。
「どうぞ遠慮なさらず、健康にとても良いのですよ」
うまそうにフワン隊長は茶を啜る。
ニコラの見立てが正しければ、この男は健康マニアだ。このお茶は、おそらく薬草茶だが、非常にまずそうな匂いの上に、なんだか生ぬるいので、ジャンも、フォレストも、タダでもらえるものはなんでも嬉しいニコラですら、薄笑いを浮かべて、手をつけようとしない。
こういう時は話題を変えよう。
「不可解な事?」
こてん、とニコラお得意のとても可愛らしく見える首かしげのポーズで、ニコラはフワンの気を逸らす。
一瞬フワンは目を見開いて、そしてまんまと、ニコラの作戦にはまる。
「え、ええ、通常の捜査では、大体犯人像の目星がつくのですよ。例えば今取り掛かっている事件の一つ、これなんかは」
フワンの部下が、黄ばんだ箱を開けた。そこに入っていたのは、宝石の偽造品といくつかの封筒。
「これは詐欺事件の証拠品なのですが、執拗にこの被害者に対して、手をかえ品をかえ、詐欺を働いている。怨恨路線だと目星をつけて、捜査してみたら、この被害者の別れた恋人が捜査線に上がってきましてね。おそらく犯人は、この被害者の別れた恋人の、父親だと踏んで、今捜査しているのですが」
フワンの部下がテキパキと他の箱を開ける。すると、また別の宝石の模造品が出てきた。
随分模造品がらみの事件は多い様子だ。
「こちらの模造品は、犯罪組織が営利目的で作成したもの。質も良いですし、製造方法を探れば、大体どこと関わっているのかは、すぐに判明するはずです」
目の前の模造品を片付けると、また変な匂いのする茶を啜って、フワンは大きなため息をついた。
「この事件に関しては、さっぱりわからないのです。こんな大犯罪は捕まれば死刑。確かに利益は高いが、緑銀石に魔力の処理を施すには中級魔術師程度の実力が必要だが、こんな乱暴な劇物の扱いをする中級以上の魔術師など」
ここでフワンは言葉を止めた。
ジャンは納得する。
魔術師になる最初の数年は、主に魔術師としての基礎と哲学を学ぶ。魔術師は魔術師である事を非常に誇り、中級以上の実力の持ち主は、大体貴族だ。
「中級以上の魔術師であれば、こんな危険ばかり高いものを作成するより、魔術師としての依頼で危ないものを引き受ける方が実入りはいいわ」
ニコラが言葉を続けた。
緑銀石の魔力処理は良い魔力さえ有れば難しいことではないが、扱いの難しさを考えると、中級魔術師なら、多少危険が伴う辺境への旅のお供一週間の方が儲かるし、運がよければ魔物に出食わしたりしない。安全性も踏まえ、どうも金の採算が合っていない。フワンの言う通りだ。不可解だ。
実はニコラも金の贋作作りには手を出してみたことがある。
結局贋作を作る材料やら手間で、採算が合わなくて、やめたのだが、満月の魔女には随分褒められたものだ。
どうにも、不可解。金の計算が、合わないのだ。




