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「なんてかわいらいいの、メリッサ、あなたの息子のお嫁さん!」
ベタベタと、ほとんど失礼になる勢いでニコラを触りまくるのが、メリッサ夫人のもう二十年来の友人だという、サロンの女主人、アナベル。
「ベル、言った通りでしょう?本当に、お人形さんみたいでしょ、私の若い頃のドレスが本当によく似合うのよ」
「可愛がってるからって、この綺麗なお嬢さんを、太らせたらダメよメリッサ、今から可愛いドレスを仕立てるんだからね!あなたったら、伯爵様の犬だけじゃなくて、屋敷の前の野良猫も、なんだか屋根にいる鳩までぶくぶく太ってるじゃない。あなたは気に入った生き物という生き物はすぐに太らせるんだから」
「ひとぎきが悪いわね!ちょっと可愛い生き物に目がないだけよ!」
メリッサ夫人がまあこのご婦人に相当自慢してたのだろう、二人の夫人はニコラを挟んで楽しげにきゃっきゃ楽しそうだ。そう、メリッサ夫人は気に入った生き物ならなんでも太らせるので有名なお方だ。
尚、伯爵家は皆スリムなのだが、それはこの家の家族関係において、メリッサ夫人が猫可愛がりできるような人材が、いないからに他ならない。
アナベルは、ポカンとして二人の会話において行かれているニコラにニコリと笑顔を見せると、鼻息も荒く、こう宣言した。
「任せていて、ニコラちゃん、王様の御前に出るのにふさわしい、素晴らしいドレスを作り上げて見せるわ」
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「やっぱり水色で、背中に髪を流す髪型が最先端ね。こっちのスカートの裾をちょっと切り替えにしましょう!」
「ベル、ここはラベンダー色よやっぱり!袖に切り込み入れて、ニコラちゃんの白くて細い肘が見える様にしたらどう?」
二人のご婦人楽しそうである。
ニコラは貰えるもんならなんでも良いので、ぼうっとお菓子を齧って、二人に色々測られたり布を当てられたりしながら、外を眺めている。
外ではジャンとライオネルが撃ち合いの練習をしているが、二人とも流石の美しい太刀筋だ。
ニコラの仕込まれた体術のその全ては、人間の急所を如何に的確に潰して逃げるかの、ただ一点だけだったので、構えた直後に砂をぶっかけての目潰しやら、土下座からの急所に頭突きとか以外のきちんとした攻撃の練習を見るのは新鮮で、ちょっと楽しい。
ご婦人達はぺちゃくちゃとおしゃべりに夢中だ。
「一応ジャンの瞳の色を装いの何処かに入れないとダメなんだけど、あの子は黒い瞳でしょう?この儚げなニコラちゃんに黒を着せちゃうと、どうも不穏な感じになるの。ベルならどうする?」
せっせとニコラのお皿に次のマフィンとスコーンを乗せながら、メリッサはため息。
不穏も何も、ニコラは魔女育ちなので、魔女の黒い装いはデフォルトなのだ。黒を纏ったニコラには、魔女の不穏感が出て不吉な気分になるのだろう。
「アクセサリーに黒を入れたら良いって言いたいのだけれど、黒魔石は今手に入らないからね。偽物は、もう持っているだけで罪に問われるようになったらしいから、運よく入手できても、今はものすごく高価よ。」
「あら、ベル、それならうちの黒真珠の一式をニコラちゃんにつけて貰えば良いんじゃ無い?黒魔石の方が流行りだし、宝石としての価値はあるけれど、真珠の方が、まだ一応格は高いでしょう」
与えられるだけのおやつをモリモリ食べて、ニコニコ静かにしていたニコラの銭ゲバセンサーが、そこでピンと立ち上がった!
(ものすごく高価・・真珠より、価値がある・・)
そんな話は初耳だ。
ニコラの家には、黒魔石の原石が山ほどあるのだ!
その昔、満月の魔女が、領主様の館の結界の修復に使ったのだが、思いの外綻び部分が少なく、用意してもらった黒魔石の半分も必要としなかった。
ので、当然満月の魔女は黒魔石をガメたまんまで返却していない。
この話は今の領主の前の領主の時代の話で、当時は黒魔石なんぞ魔道具の一つで、今のように宝飾の利用はなかったので安価であったこともあり、満月の魔女もその辺の材料入れにぶち込んでいるだけの邪魔なシロモノだ。
どうやら時代が変わって、価値が認められるようになったらしい。
ニコラの頭の中で、チャリン!チャリンといい音が響く。
ゼニの予感だ。
ニコラはどこぞのお姫様の様に美しいとされている、品の良い笑顔を浮かべて、アナベル女史に聞いた。
「黒魔石のこと、詳しく教えてくださります?」




