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事件から数日後。
「それじゃあ、やっぱり、ニコラちゃんは、本当に肉ドロボーを追っかけてただけなのか」
ニコラの家で、今日はゆっくり二人で栗の渋皮などを剥いて過ごしている。
ジャンがここの所忙しかったのは、このオットーの案件の協力に駆り出されていたからで、事件が解決したら、後は平和なものだ。伯爵家の跡取り息子が、指を真っ黒にして、王立博物館の敷地を不法占拠してる、ニコラの家で、メイドでも嫌がるような栗の渋皮なんぞ剥いているのだ。
いろんな角度から見て、この振る舞いはどうかとは思うが、こうやって二人で指を真っ黒にしてむいた栗を二人で食べるのが、楽しいらしい。
なお、この栗は、博物館の敷地に生えているものを、勝手に持ってきたものだ。
敷地に住んでるリスと栗の取り合いになって、ニコラは指を噛まれてえらい目に遭ったのは、ついこないだの話。(なお、そのニコラに怪我を負わせたリスは、その後きちんと、ニコラのおやつになった。リスも、喧嘩を売るなら相手をきちんと選んだ方がいい)
ジャンは、ニコラ本人からやっと事件の本当のあらましを聞き出せて、妙に納得してしまう。
この娘の行動原則は、ほぼ銭。
オットーはニコラの行動を、勇敢で非常に気高い美少女が、正義感に基づいて捜査の協力をして、オットーの案件を解決に導いたのだと思い込んでいて、事件の報告として、先にジャンに大変な熱量の感情を込めて、そう説明してくれていたのだが、ジャンはどうにもしっくりきていなかったのだ。
今回ニコラ本人にやっとゆっくりとあらましを聞いてみて、わかったのは、やはり今回のは本当にただのまぐれ。偶然。いや、美少女である事は全く間違いではないが。
「そうなの、ジャン様。大損だわ。結局お肉代弁償してもらえなかったのですもの」
ニコラはブツブツと文句言いながら、渋皮で真っ黒の手のままで、ジャンの持ってきてれたお菓子を食べようとして、ジャンに、さも当然のように手を拭いてもらっている。甘やかされすぎだ。
「あ、お前はまた私の食べ物を!」
手を綺麗にしてもらいながら食ったので、手元がブレてニコラの足元に落ちたクッキーの破片を、バク!と旨そうに食ったのは、なんと、ニコラの肉をドロボーした例の大きな犬だ。
捕物の後、屋敷から抜け出してきたこの犬は、どういうわけだかニコラの後を追いかけてきて、そのままなんだかニコラの家に居座っているのだ。
まあ別にニコラの家のあたりでウロウロしているだけで、自分で食事もとってきている様子だし、ニコラは夜の寒い時には家に入れてやるくらい。
この犬の正式な飼い主である公爵家は、捕物の後、荒れ果てて誰もいないし、しょうがないので、ニコラも放ってある。
館で出荷用に管理されていた違法魔獣たちは、今は国に保護されて、それぞれ研究所や、機関に安全に収められているとか。
例のウサギの魔獣は今、保護区に親ともども放牧されているという。
愛玩魔獣として人気は高いウサギ型の魔獣だが、成獣は、発情期の時期になると非常に獰猛になる。
そのような生態から、住宅地での育成は、禁止されているのだが、非常に可愛らしい見かけなので、隣国からの違法の輸入が立たないのだ。
ニコラは、魔獣の生息地である魔の森に住んでいたので、魔獣の事はとても詳しいし、魔獣達はニコラの魔の森での、よき隣人であり、食糧であり、お友達だ。
魔獣に敬意を示さず、その生態に注意も払わないような連中の魔の手から、違法魔獣の取引の現場を押さえられて、本当によかった。が。
「まあまあ、そう怒らないで、ニコラちゃん。捜査に協力したから、ニコラちゃんには特別報酬が出る事が決まってるから、肉代は国が保障してくれたって、そう思ったらいいんじゃないかな」
全く、理屈で言ったら、ジャンの言う通り。
大体、魔獣肉なぞ、貴族はおろか、平民でもいい所の連中はあまり食わないような代物で、魔獣の内臓肉など、一般的にはゲテモノの範疇だ。
キャスにも食わせてやった魔獣肉定食の値段など、ジャンの騎士団がいつも使っている食堂の定食の、3割にも満たない値段なのだ。特別報酬が出るのであれば、魔獣の肉代など端金だ。ニコラが気にする事もないほどの金額なのであろうが、それでもなんだかニコラは不満顔だ。
銭ゲバには、銭ゲバの矜持があるのだ。
「ジャン様、そうではなくてね、少額でも、損害を弁償させるという事が、とても大切なのよ」
ニコラはコンコンとジャンに銭ゲバとしての哲学を説明するが、ジャンは、そうだね、そうだね、とニコニコとニコラの話を聞いてくれるだけなので、なんだか不完全燃焼だ。
完全なる偶然ではあるものの、今回、近衛の案件であった犯罪の解決の糸口となったニコラの働きは、王からの特別報酬という形で報われるらしい。
要するに、銭がもらえるのだろうという事なので、とりあえず楽しみにはしているが、そこでジャンは、ニコニコと、大変意外な角度から、爆弾を投入する。
「じゃあ、ニコラちゃん、王様の御前に出るんだ、可愛いドレスを仕立ててあげないとね。楽しみだよ」
ニコラは思わず、クッキーを落っことしてしまう!
足元にいた肉ドロボーは、床に落ちる前にバグ!っとキャッチして、暖炉の前まで持っていって、味を楽しんでいる様子。そろそろこの犬、名前でもつけてやらないと不便だと思い出している頃だ。
それはどうでも良いとして。
王から報酬を踏んだくるためには、金をかけて、ドレスを仕立てて、化粧してという一連をしないと、王の御前にも出られないとジャンは言うではないか!
「ジャン様、おかしいわよ!銭を入れた袋を家まで届けてくれたらいいだけじゃない!どうして私が、ドレスなんか買わなくちゃいけないのよ!」
ニコラへのお礼の銭をもらいに行くのに、銭をさらに使わないといけないなど、とんでもないではないか!
ニコラはお冠だが、ジャンは機嫌よく、ニコラの出した非常に田舎臭い紅茶のカップを口元に運んで、
「ニコラちゃんの銀の髪には、何色のドレスがいいだろうね。アクセサリーも贈らせてね」
と、ご満悦の模様。
ニコラの文句なんかどこ服風で、どんなカットにしようかな、アクセサリーは銀ベースがいいかな、などと楽しそうにメモに書きつけて、ご機嫌そのものだ。
ジャンにだって、多少の独占欲はあるのだ。
ジャンが仕事で忙しくしている間に、キャスと食事に行っていたり、オットーと仲良くなっていたり、正直ジャンには、少し不満が募っていたのだ。また、ニコラはガワだけは、この美貌だ。ジャンがどれだけ警戒していても、こういう事には非常に鈍いニコラは、いろんな王都の若い貴人達から、注目を浴びていたのだ。
ここらへんで、恋人らしくニコラにドレスをバシッと贈って、王の前に拝謁し、二人の間柄が、王に認められたものである事を喧伝しても、バチは当たらないだろう。
ニコラも、ジャンが買ってくれるのだから、素直にドレスだろうがアクセサリーだろうが、ジャンの好きに揃えて貰えばいいのであるが、やはりこの銭ゲバの、銭の論理に合っていないような出費予定は、非常に腹が立つらしい。
「母上の行きつけのサロンがあるから、予約をとってもらうよ。次の休みは、ニコラちゃんを着飾らせてくれるよね」




