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ニコラがドロボー犬を伴って外に出ると、大捕物はもう終わりに差し掛かっている様子。
血だらけの館の使用人たちは、皆まとめてふんじばられていて、一箇所にまとめられて、乱暴に回復魔法士から、治療魔法をかけられている所だ。
「あ、いたいた、ニコラちゃん!やっと見つけた」
大捕物に巻き込まれたらしいキャスが、大きな青タンを目の周りにつけて、ニコラを呼んだ。
魔獣の肉は食わされるわ、青タンつけられるわ、今日はキャスの厄日だ。
この大男が、こんな大きな青タンつけられているくらいだから、相当の捕物だったのだろう。
地下室にいてよかった。
「あれ、キャス、大丈夫?一体何が起こってたの?」
ニコラはあたりを見渡して、嘆息する。ひどい状況だ。
先ほどまで、花々が咲き乱れて実に美しかった庭はあちこちで火の手が上がっているし、白亜の壁には大きな魔法で吹っ飛ばされた、庭を飾っていた石像が突き刺さっている。
別館に至っては、攻撃魔法が展開したのだろうか、半壊状態だ。
ニコラとしては、まあ肉ドロボーは確保したので、あとは飼い主を見つけて肉代を弁償してもらうだけなので、館の状況がどうであってもどうでもいいのだが、どうもそれっぽい貴族の紳士淑女は見当たらない。
エベリンお嬢様は、フォレストに丁寧に丁寧に丁寧にふん縛られて、金塊でできたハムの山のごときだし、執事らしきおじさまは、額が割れてて血だるまだし、一体全体、誰に言って弁償して貰えばいいのか。大体館がこんな状態になっているのに、館の主人はどこいった。
「ニコラ嬢!」
シュタタタと返り血を浴びて、無駄にかっこよく仕上がっているオットーが、ニコラの姿を認めて、走ってきた。
はあはあと、息も上がっているが、
「捜査へのご協力に感謝を。賢明で、高潔で、勇気に溢れた、真の貴婦人の中の貴婦人に、敬意を」
ニコラの前に、膝を折って、正式な騎士の礼をとり、ニコラの手に口づけを落とした。
近衛に属する、高位貴族のオットーが、銭ゲバニコラに、淑女に対する最高の敬意を示すなど、キャスは白目を剥いている。貴族社会とはそういう場所らしい。
(ようわからんけど、聞いてみるか)
あまり騎士の礼の何ちゃるかは知らんが、オットーならなんか肉ドロボーの飼い主が、どこにいるかのヒントを知ってるだろう。ニコラは切り出してみた。
「・・オットー様。犬の飼い主は」
肉代を弁償させる、この犬の飼い主はどこだ。
ニコラの質問の意図は、完全にそのままなのだが、オットーは貴族だ。貴族とは言葉の裏を読んでナンボの人種らしい。特に高位になればなるほど。
オットーは、ハッとして、握って離さないでいるニコラの小さなその手を握りる力に、しっかりと力を入れてきた。
「こんな貴婦人にとって、恐ろしい状況でも、犯人の黒幕の居所に心を砕いている・・なんと勇敢な。なんと気高い・・」
オットーはその美しい顔を歪めて、なんか感動のあまり、涙まで浮かべている。
ニコラが訝しげな顔をしているのに気がついたのか、顔を作り直して、また近衛の厳しい表情に戻った。
「ニコラ嬢、公爵は隣国に亡命した疑いがかけられています。エベリンお嬢様は、来月の演奏旅行を利用して、ご両親の元に出立の予定でした」
オットーによると、この家はずっと違法魔獣の取引の疑いがかけられていて、もう二年もこの家のお嬢様の音楽教師として、オットーは潜伏調査をしていたとか。
だが、公爵もさるもの、なかなか尻尾を表してくれなかったらしい。
隣国の第三領地に亡命の手続きを進めている事、魔獣を操る黒魔法に長けた術師を館に住まわせている事など、さまざまな調査で状況証拠は判明していたが、魔獣の隠し場所そのものに、確信が持てる証拠が掴めていなかった。
だが、ジャンに保護されてより、様々な事件の捜査に協力をして解決に導いてきたニコラが、どういう手立てか、「犬」に追跡魔法を放って、その居場所を突き止めたとの事をオットーに打ち明けてくれたので、踏み切ることを決断したと、オットーはなんだか事情を話してくれた。
先ほど捕まえた貧相な男は、公爵の「犬」として、様々な違法な魔法を行使して、隣国と繋がっていた、指名手配中の黒魔術師だったらしい。ニコラの言ってた「犬」とは違うのだが・・
「ニコラ嬢。深い感謝を」
オットーの案件に、ジャンも協力要請が出ていて、駆り出されていたらしい。
公爵の放った魔法の痕跡から、公爵の亡命先までは、苦労して、ジャンが割り出していたとか。
だが、違法魔獣の監禁場所と、術師の発見は一向に進んでおらず、ニコラのお手柄だとオットーは言っていた。
どうやら何かうまい具合にオットーの案件が解決して、そりゃあよかったのだが。
「オットー様、で、では、あの、犬の飼い主には、私は会えないのでしょうか」
「今指名手配をかけていますが、拿捕に至るのは非常に難しいでしょう。何せ隣国に逃亡しているので、ニコラ嬢が面会する事は、おそらく何十年先になるでしょうか」
(悔しー!!!じゃあそれまで肉代は、弁償してもらえないのね!!なんて悔しい!)
ニコラは悔しくって、思わず空を仰いでしまう。
弁償の金を取り損ねたなど、魔女の名にすたる。いや、ニコラは魔女ではないので、問題はないのだが。
そこでモジモジと、オットーが切り出してきた。
「ニコラ嬢、あの、よろしければ、お礼として今度ご一緒に、私と食事と、観劇にでも・・むが!!」
「オットー、私のニコラちゃんに、ちょっかいをかけないでくれないか。そもそもこんな危ない所に、私の大切な人を呼ばないでくれ」
後ろから、オットーの美しい顔を掴んで、その口を黙らせたのは、ニコラの大好きな人。
ジャンは捕物の後、遠くから走ってきたのだろう、隊服はあちこち焼けているし、やぶれているし、ジャンにしては珍しく、少し息が上がっている。
ジャンはオットーをぺ、と横に投げ捨てると、もう誰の顔も一瞥すらせずに、にっこりとニコラに笑いかけると、
「ニコラちゃん、ごめんね、ずっと構ってあげられなくて。さて、今日は一緒にニコラちゃんの家に帰ろうか。母上が、古い時代の外国の小銭を見つけてきたんだ。持って来させるから、後で一緒に磨こうね」
「ジャン様!だからジャン様は大好きよ。早く一緒に帰りましょう!ずっと一人で落ちてるお金を見つけて拾うの、つまらなかったんだから!」
そうやって、事件の後処理もほっぽりだして、二人は徒歩で、ニコラの家まで歩いていく。
なお、ニコラがいつも徒歩移動なのは、そうした方が落ちてる小銭が見つけやすいからだ。
一体、この二人の会話はなんなんだろうとポカンとしているオットーを尻目に、肉ドロボーの例の犬が、二人に付いてゆく。




