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「ジャン様!」
ニコラはガタリ、と立ち上がって、大好きな人の腕に飛びつく。
「ジャン様仕事は終わったの?一緒に帰りましょう!」
どこからどう見ても、館は総員での戦闘の真っ最中で、あちこちから「ぐわ!」だの「ギええ!」だの悲痛な叫び声と、血飛沫でいっぱいのこの状況で、満面の笑顔のニコラは、滅多に会えない恋人に会えて、大変ご機嫌だ。よく見たら、転移魔法でジャンの隊の暑苦しい連中も次々に現れては、戦闘に加わっている。
「うーん、もうちょっとで終わると思うから、ちょっと待っててね。後でどうしてここにいるのか、聞かせてくれるかな」
ちらりとキャスに目をやって、ジャンはニコラに言った。
多分この戦闘、もうちょっとで終わったりしないだろうが、ジャンはのんびり腕に絡みついたニコラの額に口付けて、剣を握りなおす。キャスがここにいるという事は、ニコラが何かに巻き込まれたか、ニコラがキャスを巻き込んだか。
(構ってあげてないと、すぐに危ない目に自分から合いに行くんだもんなあ・・)
ジャンは、久しぶりに顔を合わせるニコラの髪を、くしゃりと撫でてやる。美しいニコラの銀の髪からは、ジャンが選んで買ってやった石鹸の香りがふわりと香る。
前にしばらく構ってやれなかった時は、ニコラはヘソを曲げて、ジャンが来た時に自分の姿を魔術の呪いでネコに変えてしまうという暴挙をやらかした。
尚、ジャンは犬派の父とは違って猫派なので、ニコラが猫になってもただただ可愛いだけだったのだが、大変高度な魔術を使って自分に呪いをかけてしまったため、解呪にわざわざ宮廷医師の力を借りなくてはならず、忙しい宮廷医師をこんなしょうもない事に使うな!とジャンの友人である宮廷医師のリカルドに、しこたま怒られたばかりなのだ。
先ほどから四阿でうずくまってしまって、金塊の山のようになっていたエベリンお嬢様には、先ほど転移魔法で到着した、ジャンの隊のフォレストが、丁寧に緊縛魔法を施した様子。これからこの金塊・もといお嬢様、尋問に連れていかれるのだろう。
なお、フォレストは、フォレスト自身が高位貴族の跡取りなので、貴族のお嬢様絡みの犯罪は、大抵こうやって失礼のないように拿捕される為に呼ばれる。犯罪がらみであっても、やはり大貴族の扱いは面倒らしい。
そしておそらくフォレスト本人の趣味なのだろう。フォレストが女性に展開する、丁寧な、丁寧な緊縛魔法は、貴族のご令嬢を捕らえるのに、まあ丁寧で、失礼がなくて、良いのではあるが、何か、その、見てはいけないものを見た気持ちになって、ニコラはなんとなく毎回動揺してしまう。
「発見しました!「犬」です!」
そうこうしているうちに、「影」の誰かが、大きな声を上げたのが聞こえた。
(犬!捕まえたのね!飼い主から肉代を!)
ニコラは大好きなジャンの腕からひらりと飛び降りると、高速の速さで声のした方向に走る。
お菓子もあらかた食い尽くした事だし、さっさと肉代を弁償してもらって、大好きなジャン様と家に帰って、一緒に遊んでほしいのだ。最近本当にジャンは忙しくて、ちっとも構ってくれないのだから。
「あ、危ないよ、ニコラちゃん!」
遠くでジャンのそんな声が聞こえた気がするが、構ってはおれない。
「どこにいるの???」
ニコラが息を切らせて走っていった先の、大勢の兵隊が囲んだ真ん中にいたのは、
「え・・犬じゃないじゃない・・」
ニコラが期待していたのは、ニコラの肉を盗んでいった憎き肉泥棒の、大きな黒っぽい、灰色っぽい犬の姿だった。
だが、そこにいたのは、ひょろっとした、小柄な、人相の悪い、知らない男。




