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わらわらと、大勢の兵士達が、柱の影から、建物の隙間から、次々と現れてくる。
あちこちで捕物が始まっている様子だが、ニコラには全く、なんのこっちゃ。
ただの屋敷の使用人達だったはずの使用人達は、実はどうやら何やら戦闘の訓練されていた人員らしく、四阿の横で控えていた、可愛いメイド服をきたエベリンお嬢様の侍女のお姉様方が、太ももからナイフ出してきて、魔術展開させて戦闘体制に入り、あたりは大騒ぎだ。
キャスはそんな中、本当に気持ち悪くなっちゃったらしくて、茂みの影で、うえ、うえ、とどうやら胃のなかの物をリバースしているらしい。好き嫌いはいけないと、ニコラは思う。
エベリンお嬢様はもう、かわいそうなくらい震えて、四阿の隅で金塊の山みたいな、黄色い体を丸めて泣いてるし、オットーは捕物に加わって、四阿の方には見向きもしていない。
(ひいふうみい、みんな席にいないし、3つだけ残しといたらいいわよね)
ニコラは、テーブルに広がる山のようなお菓子にようやくありつける。
みんないなくなったから、全部ニコラが食ってもいいだろう。でももしも誰か席に戻ってきた時の為に、一応3つは残しておく。ニコラは強欲だが、意地悪ではない。
カキーン!カキーン!と剣を合わせる音がする。剣を奮っていたのは、さっきの執事だ。
あれ、執事の姿では、一部の隙もなさそうな厳しそうなおじいちゃんだったのに、今や兵隊相手に大立ち回りだ。
シェフの格好をしていた男が、包丁をすっ飛ばされて、そのまま反撃に雷魔法を繰り出す。
それを受け止めたオットーとの一騎打ちだ。
なかなか見物するには面白いカオスが繰り広げられているが、甘党・ニコラはそんな事より目の前のお菓子が食いたい。
(うーんこのマカロンはいちご味。あっちのはピスタチオのクリーム。さすが公爵家のお嬢様ともなると、いいもん食べてるわね。じゃあ遠慮してたあっちのチョコレートの粒もいただいていいわね)
手酌で紅茶までおかわりする。
やっぱり川の向こうの紅茶は、香りがちょっと違って、金のかかってそうな雰囲気で美味く感じる。よく出されたお菓子と合うではないか。
この戦闘には「影」の兵隊が呼ばれていた様子。
兵の半分が、屋敷を囲んでいる対魔法の結界の解呪に、呪文の詠唱に入り、ゴロゴロとこの大きな屋敷を囲む、強い結界の全てが、剥がれ落ちてゆく。
何重にも貼られていた様子で、重みを含んだ魔力の塊が、どしん、どしんと美しい公爵家の庭に落ちてゆく。
ニコラのいる四阿も魔力の塊が掠めて行って、ヒいい!とエベリンお嬢様が叫び声を上げている。
これだけ大きな声が出せるのなら、エベリンお嬢様大丈夫そうだ。
やがて結界が解けたのだろう。いくつも紫色の魔法陣が地面に現れて、光を放つと、オットーの部隊の近衛の兵士達が、一斉に紫色の魔法陣から迫り上がってきた。
転移魔法だ。
近衛の兵達は次々に戦闘に加わり、鮮やかな剣技を見せてくれる。見事なもんだ。
茂みでゲロゲロやってるキャスは、毒でも盛られたのかと勘違いされたらしく、近衛所属の白魔術師が、なんだか回復魔法をかけてる。魔力の無駄だと教えてやろうかと思ったが、面倒臭いので、やめた。
しっかりニコラが3杯目の紅茶を終わらせて、あらかたお菓子の山を片付けた頃。
ニコラの大好きな人の声が、四阿に響いた。
「あれ、ニコラちゃん?参ったな、こんな所にいたら、危ないよ」




