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[完結] 銭ゲバ薬師と、思考過敏症の魔法機動隊長。  作者: Moonshine
銭ゲバ事件簿・犬

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7

ニコラの貴族社会での立ち位置は、非常に厄介だ。


ニコラの父母の生前の評判は非常に高かった上、高潔な父の関わっていた、犯罪絡みでという理由での、非業の死を遂げた。

行方不明だった忘れ形見・ニコラの発見は大きな喜びとして祝福と共に王都に受け入れられた。

ニコラはすぐに貴族籍の復帰の手続きがなされ、そのままジャンの婚約者におさまった。


ニコラが貴族社会に本格的に復帰し、社交界にその存在を表しても、その可憐な姿もあり、大いに歓迎されるだろうが、ニコラは一般的には大変忌み嫌われる魔女達の手による育ち。


まだきちんと貴族社会にてデビューできるほどのマナーも知らない上に、そのあたりに本人が興味がないという事と、ジャンが甘やかしに甘やかしている事、そしてこの状況を諌めるべきジャンの両親も、ニコラを甘やかしに甘やかしているので、まあ、言ってみれば、見かけと評判以外は世間様にお出しできる仕上がりになっていないのだ。


そう言うわけで、賢明なジャンの判断で、ニコラを社交界になんざ全く出入りをしていなかったのであるが、オットーはそんな事とはつゆ知らず、こんな大貴族の大邸宅まで、きたねえ格好のままのニコラを連れ出しているのである。


「オットー様、こちらの方は・・」


きたねえ格好の令嬢と、まあまあきちんとした格好だがシャツがパンツに入ってねえ男爵という、妙な二人連れを連れたオットーは、メル家の執事にめちゃくちゃ不審がられているのだが、この頭にフィルターがかかってしまっているオットーは、


「私の友人をお連れした」


とスンスンとそのまま豪奢な建物の中を進みゆき、エスコートからニコラの手を握ったまま、そのまま事もあろうに、自分の生徒であるこの公爵の一人娘に、ニコラとキャスを紹介したのだ。


(高位の貴族っていうのは、なかなか善意の押しが強い上に、不遜な所があるのね・・)


混乱している執事の顔をチラリと眺めて、シャバもなかなか勉強になる。とニコラはとりあえず、微笑んでオットーのやりたいようにさせておくことにした。

隣のポンコツの反応を見ると、申し訳なさそうに執事に会釈していたので、やはり、かなりの失礼で間違いないのだろう。


「エベリンお嬢様。今日は珍しいお客さまをお連れいたしました。マシェント伯爵令嬢、そして、モートン男爵」


エベリンお嬢様とやらは、この屋敷の奥の音楽室で、オットーを待っていた。


音楽室、とはその名の通り、ニコラにはよくわからん楽器でいっぱいのこの部屋、キャスは王都に初めて観光でやってきた田舎者のごとく、へーえ、と目をぱちくりさせて、いろんな楽器に目をやっている。


このキャスの驚きぶりから見て、相当価値がある楽器ばかりなのだろう。


「あら、モートン男爵お久しぶりです。それに、まあ、あのマシェント伯爵令嬢・・! 後でお話をお伺いしたいわ」


よくわからん楽器の真ん中で、侍女に傅かれてバイオリンを奏でていた、ふくよかなむっちり少女は、パッとその美しい顔を笑顔で染めてくれた。多分このお嬢ちゃんが犬の飼い主を知っているのだろう、ニコラはとりあえず挨拶しとくことにする。


「ニコラと申します・あの、このような格好で急にお伺いをして」


この館は、こんな何日も洗ってない、適当な格好でフラッと来ていいような家ではない事は、ニコラも流石に察した。とりあえずきたねえ服で、この高そうな椅子に腰掛けている事は素直に申し訳なく思う。銭に対して大変真摯なニコラの、椅子に貼っているベルベットの銭勘定の結果の行いだ。


尚、魔女たちが黒い服を好むのは、しばらく洗濯しなくても汚れが見えないから。ニコラも魔女ほどではないにしろ、洗濯は面倒臭い。今日の装いは、黒でこそないものの、汚れの目立たない、深い緑のワンピースに、シミができても大丈夫な、焦げ茶のエプロンに、履き古した灰色のきたねえ靴。


「さすがだわ。今日は森の装いの趣向ですのね!ああオットー先生、マシェント嬢をお連れして下さった事に感謝を!ばあや!珍しいお客様がいらっしゃったわ、すぐ四阿にお茶の用意を!」


このお嬢様の一言で、五人ほど部屋に控えていた侍女たちが、波が引くように部屋から消えてゆく。見事だ。


「ああ待ちきれないわ、オットー先生、今日のレッスンは、早めに切り上げてくださいまし!」


ニコラはさっさと肉代だけせしめたら帰りたいのだが、高位貴族のお嬢様からすれば、まだ誰もしっかりと社交界で見たことがない噂の令嬢が、この公爵家に訪ねに来てくれたなど、次のお茶会の最高に美味しい、いいネタだ。絶対にニコラを逃したくないこの家のご令嬢と、なんとかニコラの気を引きたいから教え子をダシにしてでもお茶に連れ出したいお坊ちゃんとで、勝手に公爵家の素晴らしい東屋に、ニコラのお茶会がセットされる。


ニコラのきったねえ格好も、ニコラが森で魔女の手によって育った悲劇の娘という情報しか与えられていないこの頭の花畑のお嬢様のフィルターと、儚げな薄幸美少女を手助けしたい貴族の男ドリームフィルターがかかっているこの男にも、「森の装い」と好意的にしかとられていない。


思い込みとは恐ろしいものだ。


オットーは、高位貴族にふさわしく、バイオリンの名手だったらしい。

ニコラはなんだか丁寧にメイドに案内されて、公爵家の見事な庭の四阿にキャスと一緒に座らされて、公爵家のお嬢様の音楽のレッスンの終わり待ちという、よくわからん状況になっている。


「すごいね、公爵家ともなると、そこのエベリンお嬢様の使ってるバイオリンときたら、あのバイオリン一本できっと、王都で店が一軒だせるほどの価値があるよ」


珍しく、今日はキャスの方が公爵家の音楽室の金目のものに嘆息している。


一応ちゃんとした貴族のキャスは、一応は貴族の一般的な教養はあるらしく、中でもバイオリンは、自分ではそこそこの腕前だと言っている。そんなキャスによるとオットーは界隈では有名な演奏家で、エベリンお嬢様とは、時々貴族の子弟の集う音楽の夕べで一緒になるとか。結構貴族っぽいことしているのだ、このポンコツ。


あの音楽室では、ニコラの銭アンテナには楽器に使われている金の金具と、椅子に貼られていたベルベットの質の高さなど、調度品と素材以外は、何もピクリともこなかった。

芸術ほど、魔女の世界から遠く離れたものはない。

魔女育ちのニコラに音楽も楽器も、なんぞわかったもんじゃねえので、いろんなキャスの解説を聞いても、どの楽器もただの古い木の箱にしか見えない。


ニコラはぼんやりと、この貴族達が奏でているよくわからん音楽を聞きながら、モリモリと出された宝石のようなお菓子をいただく。とりあえず、この状況についてはよくわからんが、お菓子は最高に美味い。



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