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[完結] 銭ゲバ薬師と、思考過敏症の魔法機動隊長。  作者: Moonshine
銭ゲバ薬師・ニコラ
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8

ジャンは、腹を括って、その赤い瓶に入った、甘い液体を一気に体に流し込む。


リカルドは、少し心配そうにジャンを覗き込んで、ジャンの気が紛れるように話かける。


「隊長、そういえば前の夜会で、リーベンデール伯爵のお嬢様に会いましたよ。あのお方でしょう?随分美しい方ではないですか。もう口づけは交わされたのですか?」


ジャンは、不愉快そうに、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるリカルドの方に向き直る。


一見ものすごく不躾な質問だが、リカルドの聞きたいことが何かは、ジャンもよく知っている。

ジャンの父が、政略結婚の相手にと、あたりをつけている御令嬢だ。


「ああ、マリアンヌ嬢は、私の外見と、それから地位がお好きらしい。それ以上でも、それ以下でもない。頭は空っぽだ。彼女との結婚は、耐えられないこともないかもな」


ジャンはため息をつく。

伯爵家の長男として、政略結婚は逃れられない責務だ。マリアンヌの頭が空っぽなら、体を重ねても不愉快ではないだろう。


「さすが、口づけまではどの御令嬢とでも本当に早いですね。まあ好かれているなら良いではないですか」


ちぇ、と美しい顔を持つ先輩に、呆れた目線を送って、それから、リカルドは何か思い出したらしい、ニヤニヤと、また嫌味ったらしい笑顔を浮かべて、ジャンににじりよる。


「しかしこうもあちこちで口づけばかり、恋の入り口で逃げ出して、どの御令嬢ともその先の恋愛らしい恋愛をしないあなたのこと、最近御令嬢たちの間で、妙な呼び名がついていること知ってますか?」


リカルドは、もう無理、とばかりに笑いを噛み殺しながら、呟く。


「口づけ人形。あの磁石仕掛けの、子供同士の口づけの人形」


リカルドは、頭に口づけ人形を思い出したのか、目尻に涙まで浮かべて、何とか笑いを噛み殺そうとするが、もう限界そうだ。


「隊員の誰かと、男性同士の道ならぬ関係にいるとかいう噂も、ありますね・・・クスクス」


「クッッソおおおおお・・・」


ジャンはギリギリと歯軋りをする。

口づけを交わした時に、少し流れ込む、恋のお相手の思考。


自分に、純粋に恋してくれる御令嬢、きれいな心根の御令嬢を探して、王都の夜会で口づけしまくっていたツケだ。


この色男は、案外純情なのだ。


ジャンの思考過敏症については、特に秘密でもなんでもないが、口づけで思考が流れてしまうこの副症状については、魔術関係者以外はあまり知られていない。


御令嬢の間で不名誉な呼び名がついても、撤回するには自分で副症状について喧伝しなくてはいけない。

喧伝してしまったら、それこそ口づけだけでおさらばした御令嬢たちの心の中身についての憶測が回り、御令嬢の名誉に関わってしまう。


ジャンは、ふてくされて目を閉じてベッドに倒れ込んで、思考が流れ込んでくる不愉快さを待ち構える。


(憂鬱だ・・)


思考は、荒れた海の波のように押し寄せて、抗えない。非常に不快な物だ。

何度経験しても慣れない。歯を食いしばって、じっと耐えるだけだ。


・・だが、おかしい。

いつまで経っても、いつも苦しまされている、ジャンの心を乗っ取るような、抗えない、思考の波がやってこない。


(おかしいな。。効いていないのか・・?)


しばらく目をつぶっていると、ようやく、遠くから、鼻歌のような、ちょっとこそばかゆい思考が近づいてきた。


(来るぞ・・)


リカルド医師は、笑いを納めて、真剣に警戒しながら患者の様子を観察する。

完全に先ほどの、麗しい先輩をやっかむ後輩ではなく、一流の宮廷医師として、危険な状態にいる患者を観察する目だ。


ジャンは、グッと拳を握り締めた。


二人は沈黙し、その時がやってくるのを、死刑宣告を待つように、じっと待つ。


そして。


思考は急に現れた。


(うひひひ、正規料金だっていうし、一本で大銅貨3枚もらえるかな、そしたらご褒美はケーキにしようかな、それともクッキーがいいかな。それとも全部床下に売り上げ隠して、貯金しちゃおうかしら)


「えええ???」


あまりに意外な思考の波の到来に、思わずジャンは、ガバリ、とベッドから上半身を起こしてしまった。

急に現れたこの思考、明らかに機嫌の良い、若い女の子の、それもちょっとお金に汚い女の子の、思考だ。


「隊長、どうしました」


リカルドはジャンの脈をとる。


「製作者の思考ですか、何か不愉快な思考でも」


リカルドは真剣な目だ。

あまりに淀んだ思考の到来で、ジャンの精神の負荷が重い場合、ポーションの効果を打ち消す薬草を配合する。

リカルドがその処方をジャンの為にした事は、一度や二度では、ないのだ。


「あ、いや、不愉快では、ない。なんというか、どちらかというと、・・なんか・・良い・・」


ジャンはもう一度、ベッドに横たわり、思考に身を任せてみた。


(大銅貨4枚だったらどうしましょう!3枚は貯金して、大銅貨一枚全部お菓子!そうしましょう!飴の瓶詰めと、クッキー3枚と、それにマフィンも小さいやつなら買えるわね。。でもマフィンじゃなくて、クッキー1枚と、タルトだったら??迷うわ、迷うわ!!!あ、ポーションいい感じになってきたわ、よく効くポーションになりますように!あ、お菓子もいいけど、髪飾りも欲しいな。どうしよう、青い大きなリボンが欲しいけれど、飴の瓶詰めを小さいのにしたら、足りるかしら)


「ブー!!!!」


ジャンは、もう吹き出してしまった。

リカルド医師は、目を点にしている。


間違いない。ちょっと強欲で素朴な若い女の子が、このポーションの製作者だ。うまくこのポーションで、思った利益が出たら、どのお菓子を買おうか悩みに悩んで、でも髪飾りも欲しいらしい。


(おいおい、こんな思考だったら半日でも、一日でも支配されてたいな・・)


鼻歌まじりのご機嫌な思考に、ジャンはベッドの上で、ニヤニヤが止まらない。

何せ、王都の宮廷薬師が調合する、王都での正規料金の解呪ポーションは、銀貨2枚だ。

大銅貨で10枚で銀貨1枚となる。

この若い娘、強欲だと自分で思っているらしいが、実際は王都の正規料金の半額以下で、この非常に制作が難しいポーションを作ってくれているらしいのだ。


ジャンは、自分が、妙な鼻歌まじりに、真剣に、でも大変ご機嫌にポーションを作るこの思考の持ち主ほどに自身の機嫌の良かった日など、最後いつだったかついぞ思い出せない。


リカルド医師が、ジャンの足首を観察して、ほっと、安堵した様子で言った。


「ああ、よかった。よく効いてますね。ここの村でできたポーションを手に入れたので、新鮮なのがよかったですね。製作者も、心根の良い者だと聞いていたので、大丈夫だとは思いましたが。。もう足元の黒斑は少し薄まっています。上手くいけば、夜会までにその顔の黒斑はなんとかなりそうかもしれません」


そして、リカルドは、じっとジャンの方を見て、興味が隠しきれなかったのだろう。いたずらをして見つかった子供のような顔をして、質問をした。


「。。それで、どんな思考でした? この製作者。」


いつもなら、ジャンが脂汗をかいてジッと歯を食いしばって、リカルドが、ジャンの精神の限界を見計らって、中和のポーションを持って待機している場面なのだ。

それだと言うのに、目の前のジャンは、目のはじに涙をためて、笑いが止まらない様子なのだ。


「ああ、笑ってしまうくらい素朴だった。頭の中は小銭とお菓子のことばかりだ。」


リカルドは、ようやく息がつける、とばかりに、長いため息を一気に吐き出すと、椅子の上で伸びをして、言った。もう何日も、この医師は緊張状態にいたのだ。急に緊張が溶けて、眠気が襲ってきたらしい。あくびを噛み殺しながら、手元の紙に、患者の状態を書き付けながら、のんびりと言った。


「では、これからも村の薬局から手配した物で問題なさそうですね。効き目は良さそうなので、引き続き服用いただきます。」


「ああ、そうしてくれ。」


ジャンはクック、とまだ笑いが止まらない。


(可愛いなあ・・)


ポーションの影響が薄くなるまで、ジャンの頭の中はお菓子の事とリボンの事、それから少しばかりの小銭の事ばかりだった。そして、ジャンはここ数年で一番幸せな時間を、過ごしていたのだ。


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