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なんだか大変美麗な、いかにも高級そうな馬車が、ニコラとキャスの前に止まって、キラキラの貴族の青年が、息を切らせて走ってきては、ニコラの前にしゅた!とばかりに躍り出て、深くニコラの前に頭を下げる。
(・・キャス、この人誰?)
(ニコラちゃん覚えてない?前の事件の時に、ドワール隊長と、一緒にうちに来てた近衛のお方だよ)
(あー、なんかいたわね、そんなの。いちいち顔なんて覚えてないわ、ジャン様のお仕事相手)
二人はヒソヒソ、非常にこの青年にはかわいそうな会話を交わすが、青年は気がついてないらしい。
ああ、そういえば、キャスに言われてなんか思い出した。金貨数十枚のルビーのボンボンだ。名前は知らん。
「これはオットー様。お日柄もよく」
キャスは、こんなでも、一応ちゃんとした家のちゃんとした男爵なので、こんな所で出くわした高位貴族への挨拶も、そつなく優雅にこなす。
(このボンボンの名前はオットーってのか。そうか)
ジャンの隊以外の仕事相手と会う時は、貴族令嬢のばけの皮を被るようにとジャンの母から言われていた事をちゃんと思い出したニコラは、キャスなんぞには絶対に見せないような、美しい上品な、花の開くよう微笑みを浮かべて、青年を迎えた。この笑顔だけは、魔女たちですら、お姫様みたいだと褒めてくれていたのだ。
ニコラは今教えてもらった名前の相手に、膝を折って貴族風の挨拶する。
「オットー様、ごきげんよう」
オットーと呼ばれた青年は、ニコラに名前を呼ばれた瞬間申し訳ないくらい真っ赤になって、ニコラの前にで、また深く頭を下げる。
(か、可愛い・・まさしく運命に翻弄された、薄幸の美少女の、微笑み・・)
ちょっとニコラを観察すれば、明日洗濯する日だから、魔獣肉で汚れてもいいように、三日も着て洗っていないきたねえドレスを着ているし、どうせジャンには会えないからおしゃれする気分もなくて、適当に髪の毛もそこらのパンでも入っていた袋を止めていただろう紐でふんじばってると言うヤバい見かけなのだが、一度男のドリームと言うフィルターのかかちゃった男には、そうは見えないらしい。
「やあ男爵。久しく。そしてニコラさん、今日はこんなところまで徒歩でお出かけとは、一体どのようなご用で?」
普通、貴族の令嬢はあんまり徒歩で歩いたりしないのだ。
その上、まさか肉泥棒の犬を追っかけて、ここまでやってきたとは、この筋金入りの高位貴族のボンボンには、絶対に想像すらつかないだろう。
ニコラは、別に隠しているわけでもないので、少し眉を寄せて、オットーに正直に言った。
「オットー様、私、どうしてもこの公爵家のお方に、お話をしなくてはいけませんの。でも、どうやってこちらの門を通して頂けるのか、貴族の世界を離れて遠い私にはわからなくって・・」
(話をして、オタクの犬が盗んで行った肉代を返していただきたいのですが、どいつとはなしたらいいんですかね)
途中で言葉にするのはやめたのだが、続きはこうだ。
一応貴族令嬢のニコラ、まだ貴族籍が復帰されてから、日が浅い。
貴族的な方法としては、伝手の先にまず手紙を書いて、それが通ったら用事の相手からの招待を待って、と言う方法をとる。まだ貴族社会に伝手が少ないニコラには、それが難しいので、困っているのだろう。
貴族男のドリームフィルターのかかっている男は、そう瞬時に考えた。
公爵家は、高位貴族の中でも、一番と言って良いほどの位の貴族だ。
ニコラの護衛でもしているのだろう、ニコラと一緒にいるこのヘボ男爵の助けくらいでは、公爵家への伝手などはないだろう。
まだ貴族の作法に戸惑って困っている、王都でも有名な事件の運命に翻弄された、薄幸の美少女の手助けをするなど、高位貴族の男のドリーム的になんと美味しいシチュエーションではないか。
それに。
「ニコラさん、実は今から私は、こちらの公爵様のお嬢様に、楽器を教えに伺う最中だったのです。よろしければ、私がご案内させていただきましょう。男爵、よろしければご一緒に」
「まあ・・オットー様、ご親切に、どうお礼をさせて頂いたら良いのかしら」
「ニコラ様、淑女がお困りの所をお助けするのは、紳士としての名誉です。どうぞお気になさらずに。さあ、お手を」
(え、マジ?やった。こいつ、名前は忘れたけど、結構いいやつね。銀貨を弁償してもらったら、銅貨2枚くらいのお礼であげてもいいかも)
ニコラがそんな事で頭を巡らせていたら、この頭のドリームフィルターが少し強めの男、早速御者を呼んで、ニコラの手をとってもうさっさと馬車に乗せてくれるではないか。
「メル公爵家に」
手を一向に離してくれないのが気になるが、そう堂々とボンボンは言い放ち、馬車は公爵家の門をくぐった。




