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ニコラは怒り心頭ではあるが、一応うまいこと追跡魔術が発動したので、うまくいけばすぐにでも、にっくき肉泥棒を捕まえられる。ニコラはデザートも食べずに、青い紐のように続いている魔力の紐を追いかけて、犬を追う。
しばらくして、今度はしっかりとデザートも食べて、腹一杯になったキャスが後を追ってきた。頭のくることに、しっかり食後のコーヒーのおかわりまで楽しんだらしい。満足そうで何よりだ。
あの大きな犬は、結構なスピードで走り去った模様。もう姿も見えないし、小柄なニコラが小走りで追いかけて行っても、到底追いつきそうにない。
キャスは、ニコラの後をふうふうと追いながら、ふとニコラに聞いてみる。
「なあニコラちゃん、ところで今日はドワール隊長についていかなくてよかったの?」
「ジャン様は、今日は危ない所に捜査なんだってさ。「影」の方の仕事らしいから、どこに行ったかわかんないの」
ニコラは犬に引っ付けた魔力を追うのに必死だが、実は本当はキャスは、ジャンがどこに派遣されているか知っているので、この質問なのだ。
ジャンが送られているのは、違法魔獣の取引の現場。
最近、アストリア国に入ってくる、違法魔獣の取引が増えているのだ。
ニコラのように銭に鼻のきく人員が現場にいれば、ジャンの捜査に大変助かってしまうのだが、今回の現場は、なかなか危ない違法魔獣の取引の現場かもしれないので、おそらくジャンがニコラを近づけたくなかったのだろう。
尚、キャスは下っぱすぎて、まだこんな危ない現場には呼ばれていない。
(でも、ニコラちゃんはほっといたらこうやって、肉の仇に、よくわかんない犬の後追っかけちゃうんだもんな・・隊長のそばの方が安全なんじゃないかな・・」
なんとなくそんなジャンが気の毒になって、キャスはそのまま帰宅せずニコラに付き合って、ブラブラと食後の散歩がてらに犬の行方を追っていると、二人は意外な場所に行き着いた。
「・・あれ?ここって、公爵様のお屋敷よね・・?」
ニコラの引っ付けた、青い光は、そのままぐるぐると公爵の館の裏口に繋がって、そこから、魔力遮断の結界に阻まれて、消えてしまった。
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「公爵様に飼われてるような犬が、なんでお腹すかして私の肉を2回もドロボーするのよ??」
ニコラには理解できない。
ニコラは公爵家よりずっと家格の劣る、ジャンの実家の伯爵家にしょっちゅうお呼ばれしているが、犬派のジャンの父は、猟犬を10頭も飼っている。
ちなみに犬と魔女との相性は最悪なので、犬たちは魔女の匂いのするニコラに怯えてちっとも近づいてはくれなかったが、どの犬も遠目に見ても、ちょっと栄養過多にしか見えない丸々とした体型だ。
ジャンの母は、飼った生き物はなんでも太らせるので有名なお方なのだと。
まあ、そういうわけで肉なんぞ、伯爵家よりも家格の高い公爵家なら、飽きるほど食わせてもらっているはずだ。
わざわざ場末の定食屋で、ニコラの肉をドロボーするほど飢えているはずは、ないだろう。
「あの犬、公爵家の犬じゃなくて、公爵家にはメシでも貰いに通ってるとか?」
キャスはそうあたりをつけてみるが、銭ゲバに一蹴される。
「キャス、あの犬のつけてたあの首輪は、最高級品よ!首輪一つだけで銀貨5枚はするわ。そこそこいい家の犬じゃないと、あんな首輪しないわよ」
庶民の家の犬は、大体銅貨で買えるような首輪だ。あの犬の首輪は、キャスがいつもつけているベルトと同じくらいの価値がある、いい皮でできている高級品だ。よほどの愛犬家なら庶民でも買うだろうが、そんな愛犬家に大事にされている犬なら、ニコラの肉をドロボーするようなお行儀の犬にはならないだろう。
ニコラは考えがまとまらずに、公爵家の裏口の前で、じっと立ち尽くしてしまう。
キャスは、休みの日の昼からいっぱい食っていい感じに散歩して、そろそろ眠たくなってきたらしい。
大きくあくびをすると、
「今度レベッカさんにニコラちゃん連れて遊びにこいって言われてるから、良い肉出してもらうように言っとくよ。それでもういいだろう?俺部屋に帰って、探偵本の続き物が読みたいんだ」
もうニコラのお守りに飽きて、部屋に帰りたいのだ。
「違うわよキャス!これは、私とあの肉泥棒との戦いよ!あの犬の飼い主に弁償させるまでは、私は絶対に諦めないんだから!でもレベッカさんには、今度遊びに行くから、肉と、あとデザートの方を言っておいて!」
レベッカさんは料理が上手だし、絶対レベッカさんの家なら魔獣肉より品のいい肉を出してくれる上、デザートが絶品で、何度もニコラも隊の差し入れのお相伴にあずかっているのだから、キャスの言うように、ここら辺で溜飲を下げればいいのに、ニコラは納得しない。
魔獣肉を2枚も盗られた上に、このシャツもちゃんとパンツに入れてないようなキャスよりも、トロイ扱いされた事が許せないのだ!!
(悔しい!絶対に銀貨一枚は弁償させてやるんだから・・!)
「でもさあ、ニコラちゃん公爵家にツテなんかないだろう?俺もないし、もう諦めようぜ」
公爵家の誰かと話をするにはツテがいる。そのまま玄関をノックして、当主を呼んでもらうなどできやしない。面倒な挨拶をして、面倒なツテを通して、という一連が必要だ。それは高位の魔女との面会でも同じことなので、ニコラもぐぬぬ、と溜飲を下げるしかない。腹をボリボリ掻きながら、面倒臭そうに言うキャスの実際その通りなのだが、ニコラはどうにも諦めきれない。
そんな時、遠くから、知ってる声がした。
「二二二二、ニコラ嬢ではありませんか!」




