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ニコラはしつこい。
しつこいとは本人は認識していないが、魔女とは元来、しつこい生き物だ。
魔女に育てられたニコラは、しつこい事がデフォルトなので、特にニコラがしつこくしているつもりはなくても、一般の基準で言うと、非常にしつこい。
銭やら食やらが絡むと、その特質は、遺憾無く発揮される。
「だから、ニコラちゃんさあ、たかだか肉一切れだろ?そんなことに非番のオレを呼び出すなんか、オレの時間の無駄だとか、そういう事は一切、気にならないわけ?」
キャスは、まだ寝癖の治まっていない髪の毛のままで、この場末の定食屋の窓側の席に座らされている。
ニコラは、どうしてもあの頭にくる犬を捕まえたくて、捕まえて飼い主にふんじばって、肉代を請求したくて、ジャンの隊に先日所属となった、キャスの寝起きを引きずってきて、今日もこの定食屋で張っているのだ。
「ニコラちゃん頑張るね!あいつ、昨日は来てたぜ」
ニコニコ店主は、皿を拭きながらそう教えてくれる。
この所しょっちゅうニコラが犬を捕まえにやってきては、肉を食い散らかして帰るので、この儚げな美少女は荒くれものの間でも、すっかり常連扱いだ。
こんな(見かけだけは)たおやかな貴族の美少女が、こんな所で一人でうろうろしてたら誰か行儀の悪い連中に絡まれそうなものだが、ニコラの肉の食いっぷりには、店の店主も常連も、少なからず尊敬を払わずにはいられない。
何せニコラときたら、この儚げな美貌だと言うのに、普通の荒くれものでも食い残す軟骨やらまでゴリゴリ綺麗に食して、ニコラの食後の皿の状態ときたら、付け合わせの葉っぱから何から綺麗になくなって、そりゃ見事なものなのだ。
そういう訳で、行儀の悪い連中からも、ニコラはある一定の尊敬を持って扱われているので、こんな治安の悪い場所でも、好き放題に振る舞っているのだ。
「ジャン様はお忙しいのに、こんなつまらない事で煩わせてはいけないもの。キャス、どうせあんた暇でしょ!付き合いなさいよ」
まあジャンが忙しいのは、まあその通りではあるが、キャスも一応男爵の爵位を持つ、正真正銘の貴族なのではあるが、ニコラからの扱いは、出来の悪い近所の弟分のように荒い。
それに、実際キャスは暇なので、ブツブツ言いながらもニコラに引っ張られて、こんな場末で、肉の仇を打ちたいニコラに付き合わされているのだ。
そうこう言っているうちに、ニコラは窓の向こうの奥から、物欲しげにこちらを眺めている二つの赤い目を遠くに確認した。
あの犬だ。こちらを見ている。間違いない。
「そら来た。あとはこれみよがしに、ゆっくり肉食べてなさい。絶対あんたの肉を狙いにくるから!」
満席の店内なのに、絶対にキャスの肉が狙われるとニコラが判断を下したのは、店主から、一番なめられそうなやつが狙われると聞いていたからだ。
そんなの、ニコラが犬だった場合でも、真っ先に盗むのは、キャスの肉からだろう。間違いないではないか。(なお、そんな事はニコラはキャスには一言も告げてはいない)
「なんかよくわかんないけど、まあニコラちゃんが奢ってくれるっていうんなら、食っとくよ・・」
キャスはニコラのような銭ゲバに奢られるなど、どういう意味合いなのかさっぱりまだ分かっていないので、疑問もなくニコラ奢りの肉を頬張っている。
(しめしめ、キャスが食べてる肉を奪いにきたら、ビシッと捕獲魔術かけて捕まえて、ふんじばって、飼い主探して肉代をせしめてやるんだわ・・)
キャスは旨そうに奢られた肉を食うが、実はこのおぼっちゃま、魔獣肉を食らうのも、内蔵肉を食らうのも人生で初めてだと言うのだから、キャスの家の立派な淑女であるレベッカさんあたりがこの光景を見たら、きっと卒倒するだろう。




