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(本当に、かわいいなあ・・)
ニコニコと皿を受け取るニコラを、ジャンは甘い甘い目で見つめる。
未来の伯爵家夫人としては、ニコラのこんな振る舞いはあり得ないし、次期伯爵家の跡取りであるジャンが率先して止めるべきなのだが、なかなかどうして、ニコラは、必要な場面では貴族令嬢らしい振る舞いも、まあまあそれなりに、きちんとそつなくやってくれるのだ。ニコラは魔女育ちなので、ハッタリも、演技も、骨身に染み付くほどに鍛えられている。
貴族令嬢という演技だと思えば、どうという事はないと、カラカラ笑うニコラに、ジャンがずっこけてしまったのは、ついこの間。
なら、そんな演技がいらない場面は、できるだけ自由に楽しく過ごさせてやったらいいさ。
そうジャンは、ジャンですら出入りしないようなこんな場末の定食屋の名前をわざわざ部下から聞いてきて、ニコラを連れて行ってくれるような、理解のある男なのだ。
「ジャン様! 半分こしましょ!」
そうやって、さっき貰った顔の骨をメキメキ!と半分を割って、ジャンにニコラが手渡そうとしたときだ。
「…何よ。お肉あげないからね」
ニコラは、席に面した、大きく開かれた、窓の向こうからの熱い視線を感じて振り返る。
そこには、黒とも、灰色とも言える毛色の、短い毛の大きな犬が窓枠に前脚を引っ掛けて、じっとニコラの手元の肉に、熱い目線を送っていたのに気がついた。
口からは、ダラダラと涎。
「ああ、そいつか」
ニコラの後ろに座っていた門番の親父が、教えてくれた。この親父は、毎日この定食屋に通っている常連だ。
「そいつ、なんか先週からこの店の近くをずっとうろうろしてるんだよ。高そうな首輪つけてるから、誰かの飼い犬なんだろうけど、なんでこんな所でうろうろしてるんだか」
ニコラが、もう少し話を聞こうと、その親父の方を振り向いた一瞬の事だ。
「ワン!」
その犬が、いきなり窓枠の向こうからニコラの手に飛びついて、今まさに半分こしてジャンに上げようとしていた骨つきの肉をガブリと奪いとると、全速力で逃げて行ったのだ!
「待て! 私の肉!!!」
ニコラは憎きドロボーを追うべく、大急ぎで転がるように外に躍り出るが、今日はこんな場末ではあるが一応デートという事で、いつもの履きふるした靴ではなく、ジャンに買ってもらったばかりの綺麗な銀の靴を履いていたのだ。
走れない!
そうこうしているうちに犬は近くの崖を上り、モリモリといい音立てて、顔肉をバリバリと食い終わってしまった。
「キー!!!!」
ニコラは折角の綺麗な靴をダンダンさせて、怒り狂っているが、
「あ、今日はニコラちゃんか、こいつ毎日、一番その店でとろそうな客から、肉を盗んでいくんだよ。最近じゃ面白くなって、新人をずらっとをこの店に呼んで、どいつが一番あの犬にとって、とろそうに見えるのかメシを奢ってやるのが流行ってんだぜ!」
と、親父はゲラゲラ笑うが、ニコラは犬ごときにトロそうと思われたのも、肉を奪われたのも悔しくて悔しくてしょうがない。
「悔しー!!絶対飼い主見つけて、弁償させてやるわ!」




