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「ベッキー・・」
黒い鳥は、ジャンの手から、そっとベッキーさんのしっかりとした、手のひらに移された。
「あなた・・レベッカです。聞こえますか・・」
「ああ、ああ、聞こえる。私が悪かった。私が全て、悪かった。頼むから、私の元に帰ってきてくれ・・」
レベッカさんも、伯爵も、小鳥を挟んで、大泣きしている。
伯爵が熱烈に恋して、身分も超えて結ばれた二人だ。やはりお互いを思う気持ちは、残っているのだろう。
そこに、実家が修羅場中のフォレストが、割って入ってきた。
普通はこういう場面に首を突っ込むような野暮な男ではないのだが、ちょっとでも実家の修羅場の問題解決になれば、と思うところがあるのだろう。おずおずと、言葉を挟んできた。
「・・実に言いにくいのですが、あの、伯爵、御言葉ですが、元御夫人を貴方の元にお返ししても、また同じ・・あの、価値観の違いの話になるのでは、ないのでしょうか・・?」
そう、金遣いの下手っぴで人の話の聞かない伯爵と、金に大変律儀なこのご婦人とは合わないに決まってる。
フォレストの実家の修羅場も、似たような感じの問題を含んでいるのだ。
「・・ベッキー、私の前では、ベンはもう、話をしなくなったんだ。あんな綺麗な声で、あんなお喋りだったベンが、まるで1歳の頃に戻ったみたいに、だ」
3歳だと聞いていた、ベンは、少し話をするのが遅いなとは、ニコラも感じてはいたが、まさか饒舌だった子供が、言葉を失っていたとは。
(・・そりゃ、あんな色味のない、高級品ばっかりのつまんない家で、お母さんと離れて住んでいたら、何にも話、したくもなくなるわよね)
ニコラは一人で納得する。
「私の下の妹は、風邪をこじらせて、でも医者にかかることができなくて、耳が聞こえなくなったんだ。金さえあれば、貴族にさえなれば、みんな幸せに、元気で生きる事ができると思って、実の家族を捨てて、貴族の養子にという話を受けたというのに」
小鳥は続けた。
「私が貴族になれたからこそ、そこにいる、女神のごとく美しいレベッカと、結ばれる事ができたんだ。貧乏な平民の頃の私なら、絶対にこんな美しい女性と結ばれる事など・・なかった・・」
(いや、レベッカさん、華やかだけど、普通・・)
そこにいた全員が心で突っ込むが、レベッカさんは真っ赤になって、下を向いてしまっている。
この思い込みの激しい男、レベッカさんが女神のごとく美貌に見えているらしい。
「貴族になったというのに、伯爵になったというのに、自由になる金を手にしているというのに、私の女神は私を捨てて行ってしまった。私の可愛い息子は、言葉を放棄してしまった。私は、全て、全て金があれば、地位があれば、何もかも幸せになると思っていたのに」
伯爵はさめざめと泣き続ける。そこにいる誰もが、伯爵の身の上を思い、なんとなく同情的な雰囲気だ。ここの皆は貴族階級の出身。元は貧しい平民であるという、この伯爵の背負ってきた苦労を思ったのだ。
平民から貴族になるのは、並大抵の事ではない。この男なりに、八方手を尽くして、幸せへの道を模索していたのだろう。
そんな時だ。
「いい加減にしなさい!!」
大きな雷が落ちた。
ニコラだ。怒りに打ち震えている。




