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「まあ、警らの機動隊の騎士の皆様、大変だったのね」
のんびりニコラは、出されたお茶を啜って、他人事のように相槌を打つ。
「そうよ、ニコラ、でもね、この話の中で一番大事なのは、あの!! 王都の!!騎士様達が!! この村に駐在してんのよ!! もう毎日みんなきゃあきゃあ大変なんだから!!」
ニコラの腕を掴んでブンブン振り回すのは、恋に恋するお年頃真っ盛りの、薬局の娘のルイーダ。
ルイーダがお熱なのは、赤毛のリアムとかいう騎士。
駐屯基地にの差し入れにレモンパイを持って行ったら、このリアムという男が、お礼だと、それは見事な風魔法を起こしてくれて、ルイーダの手をとって、空中散歩をプレゼントしてくれたとか。
この程度の魔法など、王都では子供をあやす時に使われる程度のものだが、この村のような、ど田舎の村娘にとっては、一生分のロマンチックだ。
同じ話を何度も何度も、壊れた蓄音器のごとく繰り返すルイーダを尻目に、
「そうよニコラちゃん、あんたも気をつけて。あんな暗い森で、女の子が一人で住んでるなんて、悪いやつらに知られたら大変なことになるかもしれないよ」
太った体を揺すりながら、ルイーダの母の、薬局の女将さんが、心配そうにニコラに話しかける。
自分の娘とさして変わらない歳の娘が一人で魔の森に住んでいるのだ。
例えニコラの祖母が魔女だったにせよ、心配は心配だ。
ニコラの商売先は、何も城下町の市だけではない。
時々、医師の常駐しない、小さな村々を歩いて、ポーションや薬草などを卸に行ったりもする。
森の奥の村や、山の麓にまで足を運んでくれるニコラは、かなりありがたがられているのだ。
今日は、ひと月に1度ほど、定期的に通っているこの村に、昨日出来たばかりのポーションや、貯めていた薬草などを、薬局に卸しに行って、魔の森の西で起こった大事件の噂を聞いていた。
「それでね、その騎士様ったら、私の瞳は、夜露に濡れる青い小鳥のようだとか、おっしゃって、なんのことかしらと思ったらね、そう言う詩があるのですって!」
ルイーダはもう、絶叫せんがばかりだ。
感受性が銭に特化しているとはいえ、ニコラは若い乙女で、森の家で、一人妄想ばかりしているのだ。
この少女の面映い心持ちもちょっとなんだか、ちょっと羨ましい。
ニコラの一人暮らしで鍛えられた妄想癖が発動する。
王都の洗練された、純銀でできたボタンがぎっしりついたコートを纏った騎士様が、ニコラの手をとって、空の散歩に連れて行ってくれる。ボタンの総額で、大体牛一頭分だろう。ひょっとしたら、金貨10枚分くらいする、白いサーベルを挿してるかもしれない。鞘が白なら、金貨2枚追加だ。
そして、ニコラの金の瞳をみて、なんて言ってくれるだろう。
(君の瞳は、王国の建国記念に発行された、ピカピカの金貨のようだ、と言ってくれるかしら)
ほう、と、ルイーダと一緒に、ため息を乙女らしくついては見るが、やはりこの娘の価値観の根底は銭だ。
油断はならない。
そんなニコラを良ーーーく知っている女将によると、王都の警備を担当しているような、見目麗しいエリートの騎士様達が、今年は魔の森の警備に、この谷間の村を駐屯地にしてくれただけでも大きなニュースだというのに、いつも静かな西の森に、隣国からの間者が潜んでいて、麗しい騎士様達が、小競り合いで負傷したと、先週から村は蜂の巣をつついた大騒ぎだったのだ。
「一番綺麗なお顔の隊長様は、重症だそうだけれど、部下達は皆庇われて、軽症なんだって。見上げた男だね。そう思わないかい? ニコラちゃん」
人の上に立つ男ってのは、そうでなくっちゃ、と薬局の女将は、しみじみとしている。
この女将、恋に恋する自分の娘のルイーダには呆れ顔だが、女将自身も漢気だの、篤い友情だの、そう言う少年の好むような本ばかり貸本屋で借りているのだ。
なお、その女将一押しの、一番綺麗な隊長様とやらは、その綺麗なお顔に大きな呪いを負って、面会は禁止になっていると、村の娘達は残念がっているとのこと。
「黒い髪、黒い馬に、黒い装いと、夜の闇のように美しいお方よ」
「ルイーダ、魔法の触媒に使った後に、真っ黒になった小銅貨みたいな方なのね」
ルイーダはうっとりと隊長様のことを麗しく表現するが、感受性が銭特化のニコラには、あまり響かなかったらしい。
(触媒に使った後の小銅貨は、ボロボロだから飴も買えないのよね・・・)
女将は、このなんとも会話があまり成り立っているようで成り立っていない二人の若い娘に呆れ顔だ。
かちゃかちゃとニコラの持ってきた瓶だの薬草を片付けながら、言った。
「今日はニコラちゃんが解呪ポーション持ってきてくれて、本当によかったわ。もううちにある全部の在庫の解呪のポーションを提供したんだけれど、部下の皆様の分にしかならなくて、どうしようかと思ってたのさ。今朝やっと気がつかれた隊長様の分、これからどんどん必要になりそうなの」
それから、女将は少し考えて、申し訳なさそうにニコラの手を取って、
「ニコラちゃん、ちょっと遠くて手間なんだけどさ、材料はここにあるのを何でもタダで持っていっていいから、解呪ポーション、毎日作って、できた分だけ、その都度配達をお願いできないだろうかね?」
人助けだと思って、隊長様がよくなるまでで良いからさ、と女将は続ける。
(え、持ってっていいの??)
女将の思いがけない言葉に、銭ゲバ・ニコラのアンテナがピン!と反応する。
(尚、タダ、に反応したのだ。人助けだの、なんだのは聞こえていない)
早速ニコラの頭の中は、鍋底にこびりついた黒い小銅貨のような黒い騎士から、銀貨と銅貨が手を取り合って月明かりの下でワルツを踊っているドリームに切り替わる。
解呪のポーションは、新鮮であれば新鮮である方が効き目が良い。宮廷薬師が作るポーションを王都から運ぶより、腕前はまあまあでも、ニコラが毎日その都度新鮮なものを作った方が、効き目は余程良いだろう。
ニコラは返事をする前から、もうさっさと勝手に薬局の棚に手を突っ込んで、高級な材料から先に、忙しなく手を動かして鞄に詰め込みつつ、それでも一応は、
「私の魔力なら、1日1本くらいしか作れないけど、いいの?」
と、本当に一応は、ちょっと謙虚なふりして聞いてみる。
なお、高級な材料をせっせと値段順に鞄に詰め込んでゆく手は、全く休んでいない。
(すごいわね、この子。会話しながら、一番質の良いものを選び出して、値が張る順で詰め込んでるわ・・)
ニコラのがめつい所はよく知っている女将は、苦笑しながらも、その確かな目利きに関心もしつつ、種明かしする。
「ああ、お世話になっている隊長様の為だし、そもそもポーションにかかる材料費も、ポーション代もお金は王宮持ちで、ポーションは正規の料金で買い取ってくださるらしいよ。他に特別手当ても出してくれるってさ」
どうやら本当に困っていたらしい。女将はそうだ、と思い出して、続ける。
「ニコラちゃんがここまで毎日下りてくるなら、そのお礼に毎日、騎士団に焼いてるマフィンをニコラちゃんにも渡すように言っておくよ。本当にたった一本の為に遠くから、手間賃にもなりゃしないんだけど・・)
(材料はタダの上、ポーションのお代は王宮持ち!!! 正規料金に、特別手当て!!! マフィンも?)
ニコラは、一見すると本当に天使のように無垢なたおやかな笑顔を女将に向けると、
「もちろんよ! 引き受けさせていただきます!」
と、返事をした。
この銭ゲバ、実際の所は、頭の中はもう、月夜に床下に隠してある、小銭がいっぱい入ったカメにチャリンチャリンと小銭を入れて、イーヒッヒッヒと言う己の姿を思って、ニヤニヤしているだけだが。
だが、この村には薬師はいない。
こんな小さな村まで、制作に煩雑な手間のかかる高級なポーションをたった一本だけ作って、そして配達してくれるお人好しの薬師など、ニコラ以外はいないだろう。
そして、もしニコラがこの仕事を引き受けてくれなくては、駐屯地として選ばれた、この村の村長は、負傷した騎士隊長の世話一つできないと言う事になり、村長の沽券に関わってしまう。
ニコラは、そんな事など気がつきもせず、見てくれだけは天使のような微笑みを浮かべて、頭の中は算盤がビシバシビシバシとたまを弾いて大忙しだ。
(よ、要するに、これは滅多にない稼ぎ時だという事なのね・・・王宮がポーション代金を正規料金で支払ってくれる上に、作成に必要な高級な材料だってタダ。森から毎日下りてくる手間賃にマフィンまでついてくる・・やったわ、うおう、これは、これは、是非ガッツリ稼いでおかなくては!!!)
女将は引き受けてくれてほっとしたらしい。時計を見ると、ニコラを急かす。
「そうしてくれると本当に助かるよ!ありがとうね、ニコラちゃん。ほら、手紙書いてあげるから、すぐにルイーダと一緒に村長さんの奥さんのところに行っておいで、そろそろ騎士様達に焼いてるマフィンが焼ける頃だから、もらっておいでよ。毎日この時間にきたら、焼き立てくださるそうだから、冷める前に行っておいで!」
「大変!女将さん、すぐに行ってくるわね、あとで材料取りにきます!」