17
レベッカさんの嗚咽が響き渡る。
誰も声を発しない。
嗚咽が静かに響き、静かに静まり返ったその部屋。
いきなり、つんざくような怒鳴り声が響き渡った。
「ベッキー、そんな訳あるか、お前は北の至宝の歌姫などより、もっと、もっと美しい!!」
びっくりしたレベッカさんは、四方八方を見渡す。
ペロッと舌を出したジャンは、隠していたのだろう、魔術で編成された、黒い小鳥を手元に取り出す。
(連絡様の、黒い小鳥・・!)
隊員達は、いつもながらの見事なジャンの魔術に嘆息する。
ジャンの得意な、高等魔術の一つだ。
この小鳥を通じて、声が聞こえる。諜報活動が多いジャンの、見事な魔術だ。
いつの間にか、こんな高等魔術を誰にも見つかる事なく、密やかに展開していたのだ。
「あなた!どこにいるの!どこなの!」
「おー、おー、」
金切り声でレベッカさんは髪を振り乱し、どうやら父親の声を認識したらしいベンもキョロキョロしている。
高位魔術師くらいしか、こんな複雑な通信魔術はくり広げることはできない。
平民のレベッカさんにとっては、初めて触れるものなのだろう。仕組みが理解できていない様子。
「悪かった。悪かったベッキー、私が全て悪かった・・」
今度は小鳥の向こうから、男泣きに咽ぶ、声が聞こえてくる。
「あなた!あなた!!」
(なるほどね。伯爵と繋がってたのか)
キャスが、ゴニョゴニョ何かパニックを起こしているレベッカさんに説明してあげて、レベッカさんは、どうやら元夫の声が出る小鳥は、高等魔術の仕業と理解できたらしいが、今度はびっくりしすぎて涙も止まってしまっている。
今度はキャスは、大きな体を捻って、同じくびっくりしているベンを小鳥の元まで連れて行って、のんびりと小鳥に話しかける。
「あー、兄さんごめん、俺のせいだ。ベンを連れてくって、兄さんにメッセージ残すの忘れてたんだよ。心配かけて本当にごめんなー。ベンはここにいて、元気だよ。」
「おー。おー」
のんびりと、あんまり反省していないようだ。キャスは間伸びした声で、小鳥に話しかけた。
ベンは小鳥が父親の声を出すのが、面白くなってきたらしく、パチクリと可愛い瞳で、黒い鳥を観察している。
「・・キャス、もういい。それより・・それより、どうかレベッカと話をさせてくれ。お願いだ・・」
小鳥は、絞り出すような声で、キャスに懇願する。
「んー、どうだろう。レベッカさんは兄さんのせいで、一杯泣いてるからなあ。俺はあんまりレベッカさんには兄さんと話してほしくないんだよ。大体、兄さんは絶対人の話聞かないだろう?」
のんびりと、眠たくなるような声でキャスはそう言った。
「頼む、キャス、頼む・・」
うう、うう、と獣が唸るような声が聞こえる。
涙を噛み殺しているのだろう。
キャスは、のんびりした声で、だが冷たい声で、続けた。
「俺は嫌だなあ。レベッカさんに泣いてほしくないんだよねー。レベッカさんが兄さんに泣かされると、しばらくお菓子作るのやめるんだよ。俺はレベッカさんの作るビスコッティ食いたいからなあ」
キャスは冷たい目をしていた。
そこで、ジャンは思い至る。
(こいつ・・実はわざと、知らせなかったのか?・・)
黒い鳥は、苦しそうに声を紡ぐ。
「・・頼む。この通りだ。キャス、頼む・・・」
キャスのその大きな体の後ろから、絞るようなレベッカさんの声がした。
「・・キャス・・私からも、頼みます・・」




