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いきなり何を言い出すのかと、ジャンはギョッとしてニコラの方を向く。
ニコラは、確信的な表情をしていた。
促されるようにニコラの強い目線の先を伺うと、そこには、先ほどまでの穏やかな顔をしていたレベッカさんのほおを伝う、滂沱の如し涙と、悲しそうにそんなレベッカさんを見つめる、キャスがいた。
「ニコラちゃん、どうして・・?」
どうやらニコラの予測で間違いはなさそうだが、ジャンには理解できない。
一体全体、何がどうしたら、そんな話になるのだ。
振り向いて、隊員達の方を見てみても、誰一人、この状況を理解している者はいなさそうだ。
だが、ニコラは何かを見て、確信したのだ。
レベッカさんが、伯爵を、まだ愛していると。
レベッカさんは、ほおを伝う涙を、切るように拭うと、床で遊んでいた小さなベンをぎゅっと抱きしめて、言い放った。
「ええ、ええ、愛していますとも!身が切れるほどに、今でもあのお人が愛しくて、愛しくて苦しいですわ!」
そして、このこじんまりした家には、レベッカさんの慟哭が響く。
誰も身動きもせずに、その状況を見守る静かな時間が流れた。
やがて、ニコラは、ゆっくりと涙にくれるレベッカさんの隣に座って、そっとレベッカさんの手をとって、言った。
「・・その指輪は、伯爵からですね」
レベッカさんの趣味ではなさそうな、繊細な作りのやたら高級な指輪。
まだ、この指輪をはめている。
別れた男からもらった、自分の趣味に合っていない、高級な指輪。
どう考えても、別れた瞬間にうっぱらうタイプの指輪だ。これはどこのどの女性に聞いても、同じ答えが返ってくるはずだ。
・・・別れた男を、まだ愛している女以外は。
ここで、ようやく隊の男達にも、状況がうっすらと理解でき始めてきたのだ。
ニコラは、このこじんまりした家の、地にしっかりと足のついた女性に似つかわない、不安定な金の匂いを嗅ぎ取ったのだ。
(さすがだ・・)
隊員達から嘆息が漏れる。
金の匂いに関しての調査では、ニコラの右にでるものは誰もいない。
こうやって、いつも捜査の手伝いに駆り出されてきたのだ。
この隊の誰もが、レベッカさんの指にはまっている上品な指輪が、そんな事件の鍵を握る重要な代物だと知るであろうか。
「・・そうです。この指輪は、あの方が、私にふさわしいとかおっしゃって、高級サロンでお仕立てになったのです」
一点もの。
これは高くつく。金貨20枚ではきかないであろう。
そんな指輪には、チラリと視線を落としただけで、今度は声のトーンも明るく、部屋の壁をコツコツと叩きながら、またニコラが意外な方向に話を持って行った。
「レベッカさん、この家の耐火レンガ、最近新しくしたのですね、まだ劣化していないので、銀が3枚の価値のままにお見受けしますわ。」
レベッカさんは、ものすごくこの場にふさわしくない質問に驚いたのか、少し目をシバつかせると、
「え、ええ。確かに、ベンとこの家に住む事にした時に、改築したのです。確かに一つで銀貨3枚分でしたわ、小さな子供がいますので、安全が一番ですから、少し高かったのですが、全て耐火レンガにしましたけど・・」
(すごいわね、このお嬢様。レンガのお値段をピッタリ当てるなんて・・)
(ニコラちゃん、一体何聞いてんだ・・今レンガの値段が何の関係があるんだ・・)
やはりさっぱり訳のわからないでいるレベッカさんも、ジャンも隊員達には構わずに、ニコラは、そこでキッとレベッカさんを見上げて、重要な事のように言い放った。
「これだけの耐火レンガを、何事もないように、子供の為に一気に用意できるなんて、あなた、伯爵よりも、あなたの方がお金持ちなのに、どうして伯爵は、あなたが金目当てで、伯爵と結婚したなんて思っているの?」
それだけではない。暖炉の前に置いてある安全カバーだって、かなりの高級品だ。
子供が間違えて触っても、火傷しないようにと、表面に薄く、魔術の施された薬品で耐熱処理されている。
これはお高い一品だ。伯爵家には、カバーすらなかったというのに。
ニコラの目は誤魔化せない。
レベッカさんの方が、おそらく、間違いなく、伯爵なんかより、よっぽど金持ちだ。




