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「では、この違法魔法陣は・・?」
ジャンは手元の魔法陣を指差して、もう一つのスミス夫人に疑問を投げかけた。
魔法陣は高価だ。
そして、正規の製品を購入するには、術者の魔力登録と、行き先の登録が必要となる。
違法のものは、安価で、魔力登録は不必要だが、バカのように魔力を食うので、大抵は裏稼業の人間が、
これまた裏稼業の魔術師を複数雇って使うものだ。
そんなややこしい事をするのは、犯罪者以外には、考えられないわけで、ジャンの初動の犯人の見込み間違いも、恥ずべき種類のものではない。
「安い方を買って、差額をお小遣いにしたわけですね」
ニコラは、澄ましてそう言い放った。
ニコラのお使いの常套手段だ。魔女達も、ある程度はニコラがガメる事を見込んでお使いを頼む。
キャスは、恥ずかしそうに下を向いているが、ジャンは、今度は驚きで言葉も出ない。
「・・よくぞその若さで、一人で違法魔法陣を発動させられたものだ・・」
そう、違法魔法陣は馬鹿のように魔力を食うのだ。このまだ若い男が一人でよくぞ発動できたものだ。
おそらくジャンの隊でも、一人で発動できるほどの魔力を持つ隊員は、数えるほどだ。
「騎士様、この子は本当に体力と魔力だけは一人前なのですけれどね、他ももう少し成長してくれたら・・」
スミス夫人のため息は深い。
「そうですね、この魔法陣が正規のものだったら、絶対に誘拐の疑いなんてかけなかったでしょうね。そもそも利用者登録があるからね」
この老けた大男が、自分と同じ歳だと判明した途端にリバーは偉そうなものだ。
隊で一番若いので、リバーは誰かに偉そうにできる場面は、確実に逃さず偉そうにしたい。
「大体、あんな金のボタンを現場に放っていくなんて、訳ありと思うじゃないの」
ニコラも参戦だ。
まだ金のボタンをほったらかしていた事など、ニコラは絶対許せないのだが、尚この金のボタンは、なんだかんだで、今もニコラの胸のポケットに入っており、持ち主に返すつもりなど全くないので、偉そうに言えた口ではない。
「ご、ごめんなさい・・」
この老けた大男こと、まだ16歳のキャス、子供のようにグシュグシュと、袖で鼻を啜る。
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ものすごく人騒がせをしたのだから、とスミス夫人にしっかりと搾られたキャスは、レベッカさんの家までの道のりを先導して案内してくれる事となった。
出発前に、あれやこれやと、バスケットの中に細かいものを詰めて、スミス夫人は荷物をキャスに持たせていた。
キャスはガミガミと叱られてはいるが、この義理の姉によく懐いている様子だ。
素直にごめんなさい、と義理姉に頭を下げて、大きなバスケットを預かって、ひらりと大きな黒馬に乗って隊を先導する。割と素直なタチにようだ。
ジャンと隊は、キャスの先導で、貴族の邸宅のある高級住宅街を出て、平民の住むエリアに馬をすすめる。
道には多くの馬車が行き交う、賑やかな繁華街を抜けた。
安全な下町なのであろう、小さな子供達が、保護者もなく駆け回る。
「あの家です」
大きな体を捻って、キャスが指差したのは、大通りから少し奥まった場所にある、静かな一角だ。
赤い屋根の、レンガの家々が、おもちゃのようにぴったりと並んでいて、とても可愛らしい。
(こんな可愛い家、ニコラちゃんと一緒に住むのにはピッタリだな・・・)
ジャンは思わず、この可愛い家々の一軒の出窓から、ぴょっこりと綺麗な顔を出して、ジャンに手を振る新婚の妻となったニコラの姿を思ってしまうが、ジャンの馬の後ろにしがみついたニコラからは、非常に意外な言葉が出てくる。
「あら、ジャン様なんて素敵!あの家だけ、一つで銀貨3枚もする耐火レンガだわ!伯爵様のお家のレンガなんて、一つで銀貨にもならない、型落ちの安物なのに、こういう所にお金を惜しまない家は、たんまり持ってるのよ!」
(あれ?ご夫人は、金目当てで伯爵と結ばれたんじゃ・・?)
高級レンガでびっしり(ジャンには全く、どのレンガも同じに見えるのだが)囲まれた、こじんまりした家にニコラは興奮して、大喜びしていて、色々とジャンに話しかけてくるが、ジャンはどうも、腑に落ちない。




