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「ご令嬢、どうぞ涙を拭ってください・・」
男爵は、流れ落ちるニコラの頬のものを見て、慌てて、胸ポケットから、美しい刺繍の入ったハンカチをニコラに差し出す。貴族の男の嗜みだ。ちょっとぼんやりしてるこの男も、しっかりと貴族だ。
(こりゃ上手な刺繍ね、銀貨5枚くらいになりそうじゃない。売り物で見たことはないから、どっかの貴族のお嬢さんのお手製ってとこかしら)
じっとハンカチを見つめていたニコラは、遠慮なく、でもこの高級なハンカチの肌触りを堪能すべく、そっと目を押し当てる。
(でひゃひゃ、高級品は水分の吸いもいいわね)
(いけね、鼻水つけちゃった)
流石に鼻水つけたハンカチを返すのは恥ずかしい。
ニコラにだって、羞恥心は一応は備わっている。少しおずおずと、申し出る。
「男爵様・・洗ってお返しします」
「い、いえ、それはご令嬢、あなたに差し上げます」
男爵は、ドギマギとしながらも、ニコラにこのハンカチをくれるというではないか。
(え、本当?こいつ悪いやつじゃないじゃない)
今度は思わず漏れ出たゲスくて悪い笑顔を隠すために、ガッツリとその綺麗な顔を、ハンカチに埋める。
もう耐えかねて、号泣モードに入ったと男爵は思ったのだろう。
男は、口を割った。
「・・はい。昨日ベンを連れていったのは、この私です。そこにいる姉に、お願いされました。」
隊で一番大柄な男のデビッドが、魔法縄の準備を始めた。
モートン男爵は、デビッドより大きい。おそらく拿捕には、時間がかかるだろう。
「なるほど。では実行犯は、あなたで、依頼人は、スミス夫人という事ですね。ベン様はご無事でしょうか」
隊員達は、デビッドを先頭に魔法縄を錬成し始め、拿捕の用意だ。
淡々と、質問を続けるジャンに、そこで、(ん?)この義理の姉弟は不思議そうに顔を見合わせる。
夫人が、おずおずと、話し出す。
「ええ、確かに、私が義弟にベンを連れて出てくるようにお願いしましたけど、犯人って、なんの事です?」
この後に及んで、盗人猛々しい。
デビッドが、魔法縄の準備をしながら、面倒臭そうに答えた。縄の錬成には集中力がいるのだ。邪魔しないでほしい。
「誘拐犯ですよ」
「「はあ?」」
二人が声を合わせる。
落ち着いて振る舞っていた、スミス夫人が慌ててデビッドの腕を掴んで止める。
「き、騎士様、とんでもない間違いですわ!ベンは母親の所に遊びにいっているだけですわ!」
「ですが伯爵が・・」
フォレストが言葉を繋ごうとしたが、夫人はその最初の言葉で、何が起こっていたのか把握したらしい。きっと、厳しい目を男爵に向け、淑女らしからぬ大声で、この男爵に怒鳴りつけた。
「キャス!あなた、また忘れたの??お兄様にメッセージも書かずに連れていったんじゃないでしょうね!」
「い、いや、姉さんそれは誤解だ!書いたけど、置いていくの、多分忘れただけだよ!」
「お駄賃返しなさい!」
「やだよ、僕もうお金使っちゃったもん!」
なんだか、おかしい。
先ほどから、どうもおかしい。この30がらみの大男、まるでお遣いもロクにできない、甘やかされた10代の子供のようではないか。
人前で大声を出してしまって、スミス夫人は恥いって、弁解する。貴族の女性としては、結構なマナー違反なのだ。
「騎士様、お恥ずかしい所を。ベンを母親のところに連れて行くように指示したのは私です。今日はベンの母親の誕生日ですの。お兄様と顔を合わせるのは鬱陶しいので、キャスにお小遣いをやってお願いしたのですが、このキャスは本当に、何もできないんだから!」
ペシン、とこの男の頭を叩くご夫人は相当ご立腹の様子。
いってええ、と大男は子供のごとくだ。
「あー、ひとつ確認したいのだけれど、男爵は、おいくつで・・」
恐る恐る、みんなの疑問を代表して聞いてくれたのは、まだ若い、リバー。
若いからちょっとした失礼も許される。こういう時に空気を読めるリバーは、きっと出世するだろう。
スミス夫人は今日一大きなため息をつくと、疲れ切った顔をリバーにむけて、いった。
「老けて見えますけど、あれはまだ16歳なんですの。一応男爵は継いだのですがね、あの通りまだまだ子供で、しょっちゅう物も無くすし、お遣いのひとつもロクにできないんですのよ。本当に・・」
スミス夫人は、この老け顔の義理の弟に、ひどく手を焼いているらしい。
「・・なぜ、ベン様など見ていないと、誤魔化そうとしたのです?」
フォレストが、呆れ顔だ。恐ろしい大男だと思って身構えていたら、なんと自分より年下。妹と同じ年の子供だ。
ジャンは、空を仰ぎ見ている。
残留魔力の解析による犯人像は、非常に高い魔力の持ち主で、どこからどう見ても、30代の貴族にしか見えなかった。
(それが、まさか老けた顔した貴族の子供・・)
ジャンの能力は、とても便利だが、完璧ではない。
ニコラがいなかったらどうなっていたやら。
(魔力の読み取りだけして、書類に納めて現場に出ていなかったら、この男は捜査対象にも引っ掛からなかっただろう・・)
ジャンの心を知ってかしらずか、スミス夫人は大きなため息と共に、言った。
「・・いい年して、まだお使いしてお小遣いもらっているのが恥ずかしかったのよね、キャス。この子は見てくれは大きいし、魔力も筋力も相当なものなのですけれど、お小遣いはすぐに馬だの魔法防具だのに使ってしまうし、忘れっぽいし、すぐ物を無くすし、本当に手がかかるのですよ。一応士官学校に入れてはいるのですが、こんな状態で卒業させて、世間様のお役にたつのやら・・」




