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[完結] 銭ゲバ薬師と、思考過敏症の魔法機動隊長。  作者: Moonshine
銭ゲバ事件簿・誘拐事件

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夫人は、ニコラの要望を受けて、あっさりと二階で仕事をしていた義理の弟を呼んできた。


大きな男だ。

鍛え抜いているのだろう、実に見事な筋肉をしているが、寛いでいたところなのか、髪に寝癖がついていたり、シャツに皺が入っていたり、大人の男としては、少しだらしない。


夫人は丁寧に、貴婦人の礼をとって、義理の弟を紹介してくれた。


「皆様、私の夫の弟、私の義理の弟の、モートン男爵です。昨年、親戚から男爵の称号を受け継ぎましたの」


「・・あー、モートン男爵です。兄がお世話になっております」


突然の来客に、このモートン男爵は、戸惑いを隠せない様子だ。

先ほどの夫人の丁寧な貴族的な振る舞いの挨拶とは随分違って、なんだか子供の様な挨拶だ。


ジャンは、義理の弟と紹介されたその男の顔を見た時に、すぐに総員に合図をした。

思考を読み取った際に見えたその顔と、同じだったのだ。


(・・この男だ・・!)


一方、ニコラも、この義理の弟と紹介されたこの男の袖を見た瞬間に、総員に合図をした。

金貨2枚半のボタン。間違いのないお値段設定のボタンだ。例の遺留品と同じボタン。

デザインなんざ覚えちゃいねえが、お値段の判断なら、瞬時に行える。


きちんと調べたらすぐにわかるだろう。

この男の左の袖は、行儀悪く捲り上げられていたが、おそらく無くしたボタンを隠すためだ。


(金貨2枚半、遺留品と全く同じ値段のボタン。この男だわ・・!)


二人からの合図を受けた隊は、何気ない動きを装いながら、皆、扉と男の対角線上に、音もなく、配置を変えた。

妙な動きをし出したら、すぐに拿捕するつもりだ。

暑苦しい上に、あまり難しい話をしないこの隊だが、きちんと有能な騎士団だ。


ジャンは、躊躇う事なく、一気に仕留めるつもりだ。

ツカツカと、モートン男爵に歩み寄り、丁寧に挨拶を交わすと、切り出した。


「・・モートン男爵。昨日、マッケンタイヤ伯爵のご長男、ベン様と、お会いになられましたね。」


ゆらり、とジャンは、転移に使われた、魔法陣を懐から取り出して、男爵に見せた。


「な、何を持って、そんな事を・・。昨日は非番で、私は、ずっと屋敷におりました」


明らかに、嘘をついている。目をキョロキョロとさせて、忙しなく汗を拭う。

外は肌寒さが感じられるような、秋の頃だ。


魔法陣は、市販されていないもの。

どこかの違法魔法道具店で買われたものであれば、アシはつきにくい。


モートン男爵は、少し冷静さを取り戻して、そして余裕を取り戻したのか、笑顔まで見せてジャンに臨む。


「で、私に何の御用でしょう?ベンは、義理の姉の甥です。彼女の実家の事を私に聞かれても・・ねえ」


ふふん、と少し格好をつけている。


ジャンは、次の言葉を探している様子。

吐く気はない様子だ。


そんな時、つい、とニコラはジャンに続いて、男爵に歩み寄った。


「・・なぜ?」


ニコラは、うっすらと涙をうかベ、モートン男爵を見上げた。


(うお・・・なんだ、この娘可愛い・・めちゃくちゃ可愛い・・・)


男爵は、急に涙を浮かべて男爵に何かを訴えかける美少女に驚いて、顔を真っ赤にして、あわあわしてしまう。


男爵が、この華奢な貴族の美少女を、どうやら泣かしている様子なのだ。

美少女を泣かすなど、貴族の男の名にもとる。

男はオロオロして、ニコラの前を行ったり来たり、しゃがんでみたり立ってみたり、子供のように落ち着かない。


ニコラは、非常に不思議だったのだ。


別に伯爵の子供の事はどうでもいいのだ。誘拐なんぞ、魔女の森ではよくある話だ。

貴族同士の誘拐事件だと、大抵子供は無事だし、今頃は丁寧にうまいものを食わしてもらってるはずだ。


そんな事より、金貨2枚半分の、ボタンだ。

あれは金でできている。


なぜすぐに、取りに帰らない。金に失礼だ。


無くしたと知ったら、犯罪行為など、すぐに中断して、すぐに丁寧な態度で、無くした金のボタンをお迎えに行くべきだ。それがなんだ。この男、家でのんびりお過ごしのご様子ではないか。


金は、ひとりぼっちを非常に、非常に嫌う。金は、絶対に仲間の居るところにおいてやらないと、すぐに寂しくなって、消えてしまう。金は、金が大好きなんだ。

絶対に一人にしちゃいけない。一人にしたら、すぐに消えちゃう。


「金持ちの金庫には、いっぱい金があるだろう? だからもっと、金がお仲間に会いたくなって、もっともっと集まってくるのさ」


満月の魔女からはそう、口を酸っぱく教えられてきた。


色味の少ない、温度の感じないあのゾッとするような子供部屋にたった一人で残されて、延々とお友達を探して泣いている金。

ああかわいそう。なんて非人情的なことが金にできるのだろうか。


かわいそうな金のボタン。

ニコラの所に来たら、大事に、大事に金ばっかり貯めてる瓶の中に入れて、ずっと大切にしてあげるのに。いっぱい溜まったら、そのうち大きなカメに入れてあげる、毎晩毎晩、大切に磨いてあげるのに。


ニコラは限界だ。ニコラは銭を愛している。

その中でも、金は最高だ。あの黄色い輝きに叶うものなど、満月くらいじゃないか。そういえば、満月の魔女が満月の魔女になったのは、金貨によく似た満月の名が欲しかったとか、どうでもいい理由だった。


ニコラはフルフルと、小さな頭を振る。耐えられない。


「お願い」


ニコラの、目に一杯溜めた涙が、その美しいほおを、いくつもの筋が伝う。

かわいそうは金のボタン。かわいそうな、寂しがりの金。


モートン男爵は、急な呼び出しに狼狽えながらも、なんとか体裁を整えてジャンには対応していたが、儚げな美少女の、涙でうるうるとした目に見据えられて、どうして良いかわからなくなったらしい。


ゴクリ、と唾を飲み込む。


(こんな儚げな美少女を、泣かせるなど、貴族の男の名にもとる)


モートン男爵は、深いため息をついた。





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