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ショーンは、何も言葉を発する事なく、伯爵の肩を抱いて、話を促す。
(こういう所は素直に、第一魔法騎士団も見習ってほしいわ)
そうニコラは思ったりするのだ。
何せ連中ときたら、脳筋集団で、ニコラがジャンと一緒に川のほとりで恋人のひと時を楽しんでいる時も、上半身裸で走り込みのついでに、事務報告にやってきたりする。
最悪、仕事の報告まではいいとして、せめて乙女の前で、汗臭い姿で現れずに、シャツくらい着ろ!とニコラは怒るのだが、隊員にとっては、可愛がっている野良猫の扱いに等しいニコラの怒りなど、機嫌の悪い猫の様なもので、誰もまともに取り扱っちゃくれないのだ。
(だが、猫を可愛がるかの如く、いつも隊員からはあれやこれやと、おやつをもらうので、ニコラも実はあまり文句は言えないのだが)
伯爵は話す気になったらしい。
「それまでは何も口答えもしなかったし、私に反抗することもなかったのですよ。あれは」
苦々しそうに、続ける。
「それがベンを産んでから、すっかり変わりました。私がベンの為に一流品を揃えてやろうとするのをなんとかして止め出して、その代わりに、趣味の悪い安っぽい、ガラクタのようなものばかりで屋敷を埋めて、喧嘩が絶えなくなりました」
ち、と伯爵らしからぬ、舌打ちをする。口元が、ワナワナと震えているのは、相当の怒りなのだろう。
「所詮は平民の女だから、ものの価値がわからないのでしょう。私が入手してくるものは、どれも最高の品質のものです。だが、レベッカは、不必要だと、品の悪い色味のものばかり、我が伯爵家にそぐわないものばかり、手に入れてきて」
余程嫌だったらしい。ワナワナと、今度は体全体を震わせる。
「いよいよ夫婦の仲が悪くなった頃、あの女は、金まわりの良い商人の男と連絡を取るようになってきました。・・・私はに気が付かれないように、相引きを何度も重ねて、」
そこで一気に、咆哮するかのごとく、大声で怒鳴り上げる。
「私が領地に出張中に、あの男を屋敷に引き入れようと、画策していたのです! 私は怒りに狂いました。そして、嘘の出張を日程をあの女の頭に入れて、屋敷の裏で、あの男を引き入れるのを待ち構えていたのです。私の顔を見た連中は、真っ青になっていましたよ」
誰も口を開くものはいない。
伯爵は、口角に唾を溜めて、青筋を立てて、ヒステリックに続ける。
「はははは、なんだか色々と言い訳をしていましたが、その場で離縁を決めて、二度のその後は顔も見ていません」
その青白い顔には、いく筋の涙の筋が走っていた。
(・・愛していたのね、奥様を・・)
ニコラは、そっとそんな事を思った。
青白い顔のまま、伯爵は続ける。
「あの汚い人形は、レベッカがベンに集めてきたものの一つです。あんな安っぽいものですが、ベンにいくら言っても、どうしても手放さないので、手を焼いているのですよ。この間ベンが寝ている間に取り上げて、処分したつもりだったのですが、まさか、ゴミから拾ってきて隠していたとは、本当にあの女の悪影響には困っています」
乾いた笑いを浮かべた。
「・・元のご夫人は、その後、どうされているのですか? 」
ショーンは、気の毒そうに、ゆっくりと口を開いた。
「あの商人とは一緒にならなかったらしいです、今も一人でいるとか。あれだけ美しい女なので、どこかの金持ちの貴族の愛人にでも、なっているのではないですかね。妹が何か知っているようで、色々言っていましたが、聞きたくないので、何も知りません」
「妹君がおいでなのですね」
「ええ、仲は良くないですがね。結婚して、今はフォレストヒルズに住んでいます」
深いため息をつくと、伯爵は子供用のベッドに腰を下ろし、深く、沈み込んだ。
(フォレストヒルズ、だと・・?)
「失礼、伯爵の妹様は、金髪で・・?」
ジャンは、上擦った声を発した。
伯爵は、黒髪だ。少し驚いた様子で、だが伯爵は答えた。
「ええ。妹は、美人ではないのですが、美しい金髪だけが取り柄で、有名です。家族で金髪はあの妹だけなのです。」
ジャンは立ち上がった。
「皆、我々の隊はフォレストヒルズへ」




