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扉の向こうから現れたのは、この別荘の主人、マッケンタイヤ伯爵だ。
伯爵は青い顔をして、深く頭を垂れて、
「どうか・・どうか息子を探してください・・」
貴族の顔も全て投げ出して、ぶるぶると震えて、気の毒で目も当てられない。
昨日から、一睡もしていないのだろう。
シャツはよれよれ、髪はぐしゃぐしゃで、目の下には黒いクマ。だがシャツにはレースがふんだんに使われており、グシャクシャの髪は、手入れがしっかりされている。
ちょっと風呂にでも入れて、髭を剃らせたら、いい感じの洒落者だ。
だがニコラは知っている。
(こういう奴は、大抵台所が火の車なのよね・・)
ニコラがポーションを売るとしたら、こいつには全額先払いだ。
オットーなら、月の最後に回収するツケでも大丈夫そうだ。
そんな失礼な事をニコラが考えているうちに、オットーが、伯爵に歩み寄って、肩を抱く。
「伯爵、近衛の第三部隊の名前に賭けて。本日は、魔法騎士隊の第一隊長にも応援を依頼しています。必ずや、ご子息を発見し、無事にお届けしましょう」
オットーが勝手に大きな事を言っている。
(安請け合いは、恨みを買う元になるのにね・・)
魔女は絶対に約束なんぞしない。約束しない事で責任逃れ、というのは魔女のビジネスの基本だが、騎士という仕事は随分そこんところが甘いらしい。
ニコラは、オットーのご高説の演説なんぞ興味がないので、このマッケンタイヤ伯爵の袖についている、ボタンを軽くチェックしてみる。
別に深い意味はない。金目のものは一応目を通しておくのは、ニコラの癖だ。
(ふうん、金貨1枚半ってとこか。一見金に見えるけど、これは銀を金でメッキしたやつだわ。落ちてたボタンの方が金額が張るって、どういう事かしら・・。という事は、身代金っていう線は消えたわね)
自分より経済レベルの低い相手を、金目当てで脅迫する事は少ない。
しかし、銀のボタンではなく、金メッキという所で、この伯爵の見栄っ張りな、格好つけな部分と、経済の具合が見え隠れして、どうにも嫌な気分だ。金周りは良いとは言えないが、洒落者で、しかも見栄っ張りなのだろう。
よく考えると、この事件が起こったのも、使用人の数が少なさで、乳母が目を離した隙に子供がいなくなったのだ。
どうやらこの屋敷、乳母と、台所に一人、そして執事以外はいないらしい。
普通はこの大きさの別荘なら、庭師と、あとメイドを3人くらいだ。この少人数で、仕事を回しているらしい。
オットーとジャンは、伯爵に事情聴取を始め、隊の連中も皆捜査に忙しい。
ニコラはクッキーも食べ終えて、一人暇になってきた。
ニコラは暇を持て余して、思考の海に浸る。
(それにしても、それにこれだけのリスクのかかる犯罪だというのに、。メッキしていない、金貨2枚半のボタンを買える犯人なら、怨恨路線にしても、他に方法があると思うのよね。誘拐は大犯罪だもの。私なら、そうね。まあ井戸に毒を投げるとか、屋敷の馬を全部逃すとか、そう言うやり方をするわよね)
銭ゲバの視点から見ると、どうもリスクが高すぎるが、不自然すぎるというほどでもない。
「ニコラ様は、何か遺留品で、気づかれた点はありましたか?」
近衛部隊の下っ端の、ショーンが、おずおずと、ニコラに話しかける。
ニコラは一応貴族復籍したので、ジャンの隊以外は、皆、ニコラ様、と呼ぶ。
声をかけたのは、オットーの部下だ。
近衛は皆貴族なので、同じ貴族で(一応)あるニコラは、貴族令嬢として丁寧な扱いだ。
尚、ジャンの隊では、ニコラの正体はバレているので、ほぼ近所のノラ猫のような可愛がられ方だ。
「ええ、遺留品に特に不自然な点はありませんわ。ところでショーン様、他の遺留品はないのでしょうか?」
美少女に己の名前を呼ばれて、ちょっと浮き立ちながらこの下っ端、返答する。
「い、いえ、特筆すべきものは、何も」
(特筆すべきもの・・)
そこでニコラの銭レーダーが、そこでこの言葉に反応した。「特筆すべきもの」以外に何かがあるのだ。
におう。何か金目のものがある。
長年張り巡らせた銭レーダーが、銭の匂いを嗅ぎつけていた。
ニコラは、魔女達をして、「姫君のごとく」と喩えられた、綺麗な微笑みをたたえ、
「まあ、では私はお役には立てませんでしたのね。残念ですわ。では、折角ですので、私にもう一度、現場をよく見せてくださるかしら?」
先ほどジャンが仕事を終えたので、もう検分が必要のない現場であるが、もちろん貴族の儚げな美少女にお願いされて、断る理由がある男など、健全な男には少数だろう。
高位貴族であるショーンは、丁寧に、ニコラの手を取るジャンの許可をとって、犯行現場の子供の部屋に、ニコラを連れて行った。




