3
「マシェント伯爵令嬢、初めてお目に。私はこの現場の責任者、近衛第三隊、オットーと申します。差し入れを隊に頂戴したと。お礼を一言申し上げたく。以後お見知りおきを。」
ジャンの解析により、この事件は誘拐事件と確定した。
部隊が書類の作成や、連絡事項などの捜査に集中している間、ニコラは客間で、ジャンを待つことにしたのだ。
ジャンの仕事は実に多岐にわたる。報告書の作成など、リバーあたりにでも押し付けておいたらいいのに、全部自分できちんと処理してしまうのが、ジャンの素晴らしい所と、そしてダメなところだ。
もうレストランは全部、閉店時間を迎えているだろう。
(また晩ごはん食べ損ねてるじゃない・・)
どうせこうなる事を見越していたニコラは、持ってきたクッキーで腹を膨らませる事にしたのだ。
大量に持ってきたので、ジャンの隊やら近衛にもわけてやったのだが、傍目には、捜査に尽力する近衛への差し入れに見えなくもなかったのだろう。ただニコラの分を分けてやっただけなのだが、まあいい。
ぼんやりとクッキーを食べながら客間の椅子に座っていたニコラに、丁寧な挨拶をしたのは、若い青い目の美しい、綺麗な顔をした若い男。
(制服を着てはいるけれど、裏地が絹でできてる・・指輪は随分古いものね、でも黄金でできてるわ。この指輪は先祖からと思われるから、要するに古い歴史のある貴族で、金まわりのいい男ってわけね)
男は、高位貴族の丁寧な挨拶をニコラに捧げ、ニコラの手をとり口づけを落とした。
この男はどちらかというと美貌で知られているのであるが、ニコラの銭ゲバの目には、先祖から金周りがいい家のボンボンというカテゴリーに入ったらしい。
ニコラはこの男は初めて会う。だがこの男は、すでにニコラが何者か、わかっている模様。
ニコラの額に、でーん!と刻まれた、星降る魔女の「獲物」の刻印は、人の世界の犯罪などの危険回避には大変役に立つが、こうして見ず知らずの人々からもすぐに、ニコラが誰であるのか判明してしまうので、ちょっと鬱陶しいのだ。美しい形の額の真ん中に、禍々しい緑色の刻印。
(なお、ニコラは魔女育ちなので、この刻印自体は非常にカッコいいと気に入っているのだが)
いつもは前髪を深く垂らして隠しているのだが、馬に乗った際に、前髪が乱れたらしく、ニコラの緑の刻印が、オットーの目に触れたらしい。
ニコラの事件は、その痛ましさと、被害者であった両親のその人徳より、(そしてニコラの儚げな見かけもあって)王都で非常に知られているのだ。
(あら、よくみたらこの方の短剣の装飾に使ってるの、小さいけどルビーね。金貨12枚ね。いや、13枚かしら。短剣の裏の装飾にこれだけのもの使ってるって、いいわね、粋だわ。)
ニコラは、王都のジャンの実家で急仕込みで仕込まれた、貴族令嬢の挨拶を返す。
「オットー様。初めまして。ニコラと申します。」
中身がなんだろうと、ニコラのガワは儚げな美少女だ。
ちょっと気をつけてみたら、にわか仕込みのヨタヨタの挨拶だし、銭ゲバが、発見しにくい場所にあったルビーの装飾を目にしてニヤニヤしてしまっただけなのだが、庇護欲をそそるこの美少女に、これだけは森の魔女達にも、「お、どっかのお姫様みたいじゃないか!」と誉められた、上目遣いの微笑みで挨拶されてしまい、オットーはうっかり見惚れてしまう。
(か、可愛い・・こんな可愛くて儚げなご令嬢が、誰にも傅かれずに、一人で寂しく暮らしているなんて・・俺が、守ってやれないだろうか・・)
オットーはうっかりぼうっとしてしまう。
ニコラは夜な夜な床下に隠している銭の詰まったカメから、銭を取り出して数えたり、磨いたりする趣味があるので人と住みたくないだけで、実際は騎士団の現団長だの、ジャンの実家だのから、いつでも同居でも籍を移すでも、大歓迎のお知らせは受けている身なのだが、庇護欲が一気に沸騰点まで達してしまった男には、そうは思えなかったらしい。
が、今日ニコラがジャンと一緒にこの現場に呼ばれたのは、犯罪捜査の協力だったことをなんとか思い出して、このボンボンは我に返る。
哀れなこの男、今日からニコラの違法薬局に通いづめのいい太客になるのだろう。
「きょ、今日はご令嬢のご協力に、感謝いたします・・こ、こちらが遺留品です」
オットーは、部下に合図を送り、ニコラの前に、銀のトレイを置いた。




