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[完結] 銭ゲバ薬師と、思考過敏症の魔法機動隊長。  作者: Moonshine
銭ゲバ薬師・ニコラ
5/115

5

ジャンが、駐屯している村の宿で、ようやく目覚めたのは、西の森での出来事から、三日もたってからだった。


「隊長!! 目覚められましたか!! 」

「水を、水をもってこい!! 」

「俺たちを庇って。くっっ!! よかった、目を覚まされた・・」


バタバタと、部下達が己の部屋で大騒ぎしているのが、ぼんやりと他人事のように聞こえる。


痛々しい黒い渦が点々とまだ体に残った部下が、涙ながらに、事の次第を教えてくれた。

ジャンが意識を失ってから、もう4日も経過したと言うのだ。


間者が放った魔道具は、鑑定によると、非常に複雑な呪いがかかっており、おそらくは隣国の高位魔術師の手によるもので、一度魔力が放出されたら、黒い火となって、呪いが対象者の皮膚を焼き、傷口から魔力を吸い取ると言うものだ。


ジャンが咄嗟に放った結界によって、ジャンの部下達は軽症をおっただけで済んだが、ジャンは部下達を庇って、モロに呪いを受けてしまったのだ。


間者は残念ながら逃げ仰せてしまったとの事だが、魔の森の中に造られていた敵国のアジトの拠点を発見して、未然に大事件を防ぐ事ができた事は手柄だ。


それに、部下に大きな怪我はなかったのだから、まあ良かった。


そう黒い炭のように真っ黒になってしまった我が手を見つめて、ジャンは思ったのだが、誰も手鏡を持ってこないあたり、顔も大変な状況になっているのだろう。皆、本当に申し訳なさそうにジャンと目を合わせようとしない。


涙にくれる部下たちをぼんやりと眺めていたら、部屋をノックする声が聞こえた。

宮廷医師の証である、赤い隼の紋章のある白衣を纏った、細い銀縁のメガネの男が入室した。

その繊細な、神経質そうな顔には、目の下に深い隈がある。

ジャンが意識を回復するまで、ずっと寝ずに患者の側にいたのだろう。


「お目覚めですか」


わざわざジャンの為に王都から派遣された、この緑色の瞳の宮廷医師は、ジャンの顔を覗き込んでそう言った。


「リカルド・・きてくれていたのか・・」


「ええ、今回は転移魔法まで用意していただきましたので、間に合ってよかったです」


ギムナジウムの寄宿舎で、先輩と後輩だったと言う、古い付き合いのこのリカルド医師は、ジャンの特殊な体質について、長年良き相談相手で、そして良き友人である。


緑の瞳が揺れていた。


つまりは、宮廷医師が、非常に難易度の高い、転移魔法で宮廷魔術師の手で直接ジャンの元に派遣されるほどには、ジャンは重症だったと言う事だ。


改めて、部下に類が及ばなかった事にジャンは安堵する。

ジャンは未婚だし、伯爵家の長男とはいえ、姉には三人も子供がいる。ジャンの身に何かあっても、誰も困ることはないが、部下達はそうは行かない。みな、婚約者を待たせていたり、子供がいたり、守るものがあるのだ。


リカルドは、ジャンの体を検分し、色々と書き付けながら、ベッドの住人に冗談っぽく語りかける。


「身体中のシミは、魔力を無効化する呪いで、この呪いが消えない限りは、魔法は発動できないものですね。夜会までにはその罰ゲームみたいなお顔を、御令嬢が逃げない程度にきっちり治さないと、私が伯爵様から叱られますから、しっかり治しましょう」


涙に濡れていた部下たちで満ちていたジャンの部屋は、リカルドの一言で和やかな笑いに包まれる。

命の危機は脱した、とリカルドは部下たちに、暗に告げているのだ。


「逆にそのお顔で参加して欲しいですよ、隊長がその状態で夜会で現れても、追っかけ回してくる御令嬢が現れたら、その御令嬢に奥方になって欲しいところっすね!」


一番歳の若い隊員のリバーが、痛々しく白い包帯の巻かれた腕を空に向かって大仰に広げて、おどけた。

ジャンの行き遅れの理由の一つがこれだ。

ジャンは、隊員たちからの、暑苦しい人望が高すぎて、隊員たちは、そんじょそこらの御令嬢を奥方として迎え入れた所で、納得してくれそうもないのだ。


「俺が女だったら隊長がそんなお顔でも、一生ついていくっすよ! 」


もう一人のムキムキの若い暑苦しい隊員が、カカ、と大威張りで胸を張る。


「おい、俺の方がいい嫁になるから! 俺なら料理も得意だし! かわいいって言われるし! 」


「何言ってんだ、俺の方が隊長にふさわしいに決まってるだろう! 」


「ふざけんな、大体お前はもう婚約してて・・」


ジャンに陶酔している隊員は、蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。

ちなみにジャンは完全な異性愛者なので、この状況は大変ありがた迷惑な申し出なのだが、まあそれくらい隊員たちに慕われていないと、戦場と言う特殊な環境では、命にかかわるので、ジャンも放っている。


「と、言うわけですので、隊長、今回は絶対に飲んでいただきます」


ぎゃあぎゃあわあわあとうるさい隊員たちを尻目に、リカルド医師は済ました顔で、その細い指で、赤い瓶をひと撫でした後、赤い瓶に入ったポーションをずい、とジャンに押し付けた。


ジャンの背中に、脂汗が流れる。


「・・どうしてもか? 」


ジャンは心から嫌そうに呟く。


「そのまま魔力も使えずに、真っ黒のクマのようなお顔で生涯生きてゆかれるのでしたら、ご自由に」


リカルドは冷たく、そう言い放った。


「どうしても・・・なんだな」


「どうしてもです」


「・・」


「どうしてもです」


(ああ、憂鬱だ・・・)


だが背に腹は変えられない。

さっさと治して、仕事に復帰しなくては、隊員たちが本気でジャンの嫁のポジションを模索してしまいそうだ。


ジャンは目の前にあるポーションをため息まじりに見つめた。

最後の悪あがきで、一応聞いてみる。


「他のポーションとか、時間経過で・・」


ピシャリ、とリカルドが言い放つ。


「どうしても、です」


リカルドが、これだけ頑固な場合は、飲まないという選択肢は、ないのだ。

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