表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[完結] 銭ゲバ薬師と、思考過敏症の魔法機動隊長。  作者: Moonshine
思考の、奥で。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/115

49

ジャンは今、ニコラの思考の奥にいる。


(ああ、心地いい。これがニコラの思考)


ポーション摂取で触れたその思考の、さらに鮮やかに、手に取るようにニコラの心が分かる。

ニコラの思考は、澄んでいる。澄んだ温かい、水のようだ。ジャンはニコラの心を、泳ぐ。


(あったかい。優しい。切ない。かわいい)


ジャンは夢中でニコラの唇の味を味わう。唇の奥から響く、ニコラの心。

遠くから聞こえてくる、ニコラの心の声。


(ジャン様、ジャン様、嘘じゃないかしら。私は死んでしまったのかしら。ずっとあなたが好きだった。ずっとあなたを考えていた)


(一緒に満月を見たいの。一緒に王都を歩きたいの。一緒に小銭を磨いて、喜びたいの。ああ、ジャン様)


昼も暗い魔の森の、孤独な引きこもりのニコラの日々。ジャンの頃を考えて、心を温めていたニコラの思考が、ぐわん、ぐわんと遠くからジャンの心に直接聞こえてくる。


ジャンは、涙が止まらない。思わずうわずった声が出てしまう。


「‥一緒に王都を歩こう」


ニコラは、驚いて、我に返り、ジャンの腕から逃げようとしたが、騎士の腕の中に囚われたニコラは、体を少し動かしただけで、逃げることなど叶わない。


だが、目の前の包帯の男は、優しい目をしていた。


ジャンは、息を一息吸い込むと、ゆっくりと口角を上げて、噛み締めるように告げた。


「ニコラ、ニコラ、君が好きだ」


包帯の男の優しい目から、大粒の涙が、次々に浮かんでは落ちてゆく。


あの目には覚えがある。

ニコラの父が、最後にニコラに与えた目。

満月の魔女が、ニコラが上手にポーションを作ったときに、ニコラの頭を撫でながら見せてくれたあの目。


ニコラは、怯える事を放棄して、ゆっくりと体から力を抜いた。


「ジャン様、ねえ、なぜ?」


ニコラは心底、不思議だった。顔こそはわからないが、この物腰の優しい、紳士な王都の騎士。

仕事が終われば、王都に帰る。美しく、教養も高い貴婦人たちの間を渡り歩くだろう。

森で一人で暮らす、薬師の小娘などに心を傾けるはずもない。


ジャンは覚悟を決めたように、ため息をついた。


「ニコラ、どうか怖がらないでほしい」


そして、逡巡したように、だが、覚悟を決めたように、シュルシュルと、包帯をとった。

音もなく地に落ちてゆく白い包帯。


(ウソ‥‥)


包帯の下にいたのは、大変な美丈夫の若者だ。

そして、その顔にニコラは覚えがある。

ニコラが、先日「ヤバい」お人認定を下した、ニコラの命の恩人。


‥‥隊長様だ。


ニコラはだが、逃げなかった。

優しい目をしたジャンが、何を口にするか、聞きたかったのだ。

ニコラはきっと、飢えていたのだ。魔女が彼岸の彼方に旅立ったあの日に失った、あの優しい眼差しに。


ジャンは、居心地悪そうに頬を掻く。

うっすらとだけ、あざの名残が見える。ポーションがよく効いているのだろう。

薬師としてのニコラが、満足する。ここまで回復しているなら、ニコラのポーションはもう必要ない。

ニコラの仕事は、成し遂げられたのだ。


ジャンがゆっくり口を開いた。


「ニコラ、私は魔法機動隊の隊長だ。そして、私は思考過敏症という体質を持つ」


ジャンは、ため息をもう一度つく。

ニコラは、ジャンが次の言葉を紡ぐのを、待った。


ジャンは、長い話になる事を感じたのだろう、懐から上質なハンカチを出すと、近くの大きな楠の木の下にひいて、ニコラを座らせた。


一匹の黒猫が、音もなく二人の間を走り去る。


魔女達がデバガメを決め込んでいるのだろう。

ジャンは魔女の物見高さに辟易とするが、気にしている場合ではない。ニコラが先だ。


ニコラは、上質なハンカチの上に座る事に躊躇していたが、恐々と、腰を下ろして、真っ直ぐにジャンを見た。

ジャンはあまりに真っ直ぐなニコラの視線にたじろぐ。


(‥‥だが、許可もなくニコラの思考を覗いたのは、この私だ)


乙女の思考を勝手に読み取るなど、紳士にもとる行為だ。

ジャンにできる、ニコラへのせめてもの償いは、真摯に全てを打ち明ける事だ。


今度は大きなカラスがどこからか飛んできて、近くの松の木に止まる。赤い目をしたカラスは一羽、二羽と増えて、もう10羽にはなるだろう。魔女のデバガメだ。


ジャンはもう魔女の不愉快な覗きなど、気に留めない事とする。


ジャンはニコラの手を取ると、長い身の上話を語り始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ