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(夢を、みてるのかしら。それとも水辺に生える、妄想キノコが、胞子を放っているのかしら。。)
ニコラは、早朝の朝日に照らされた、黒い髪の包帯だらけの男の笑顔に、息がつけない。
約束の場所にいた、ニコラの今回の依頼人は、この場にいるはずもない、その人。
水辺には、朝の食事に水面に集まる渡鳥が、ひなの飛行訓練に勤しんでいる。
美しい朝だ。
ガアガアと鳴く渡鳥は、あと数週で、遠い北の大国に渡るという。
遠い飛距離に思いを馳せる。人の足でも一月はかかるその距離を、この無力な渡鳥は、半月で渡り終える。
水面に輝く黄金の朝日は、この世の果てにあるという、竜人の住まうその国の、黄金でできた町を思わせた。
かつて、人と竜人は、慈しみあい、時には恋し、子を成したという伝説が、この地には深く伝わっているのだ。
ニコラは、やはり目の前にいるお人が、彼の人である事が信じられない。
ニコラがこの一月、ずっと、ずっと、孤独な日々の、心の支えに妄想し続けてきた、素敵なお方。
王都にもう、帰っているはずの、ニコラの事など忘れ去っているはずの、優しい紳士。
「‥やあ、ニコラちゃん。」
どこかぎこちなく、ジャンは笑顔を作り、ニコラにゆっくり歩み寄る。
(これは、都合の良い、私の夢だわ)
ニコラは、クラクラと頬を伝う涙を感じながら、黄金の水面を背景にニコラに近づく、恋しい男の影を、待っていた。
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(二二二二ニコラちゃんだ!!きた、本当に来てくれた、どうしよう!!)
散々村人や、隊の連中から脅されて、注意されて、ジャンは、どうして良いかわからない。
ニコラの小さな銀髪のおさげが、ゆらゆらと揺れながら暗い森の中からやってくる。
朝日を受けて輝くその銀の髪。本当に、折れそうな小さな体。
こんな吹けば飛んでしまいそうな華奢な乙女が、この昼も暗い魔の森で、たった一人で住んでいるのだ。
元は、運命の流転さえなければ、何不自由ない伯爵令嬢の身分であったニコール嬢だ。
父が生きてさえいれば、今頃は社交界の花の一人となり、幾多の貴公子の心を惑わしていただろう。
(だというのに。俺なんかに、こんな深い森のほとりに呼ばれて)
ジャンは恋する娘が目の前に現れてくれた喜びと、そして、ニコラの身の上を思う。
そして、ニコラの、ちょっと銭ゲバで、それから無垢で、そして誰よりも素直なニコラの思考を思った。
静かな涙が、ジャンの頬を伝う。
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「・・・ジャン様・・」
二人は向かい合う。
お互いの瞳には、大きな涙の粒が浮かんでは流れ、浮かんでは流れ落ちている。
「会いたかった」
ジャンはそれだけ、絞り出すように言葉にすると、ニコラにそっと近づいて、固く抱き締めた。
色々とルイーダから注意されていた事など、もう何もジャンは考えられない。
ジャンは驚いて体を硬くしているニコラの唇にそっと指で触れて、そしてその唇に、己の唇を重ねた。
ジャンは、深い、ニコラの思考の海に身を投じたのだ。




