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ニコラがたらふく、3つ目の箱に入っていたプラムの漬けたやつを完食した後だ。
「話がしたい。森の水辺で待つ」
ニコラはただ、それだけのカードが、瓶の入っていた箱の奥に、ひっそりと入っているのに気がついた。
(誰だろう)
筆跡は美しい、大人の男性の字。ニコラに見覚えはない。
水辺は魔獣が多いので、ニコラはあまり顧客との待ち合わせには使わない場所だ。
あの、包帯だらけのジャン様だって、わざわざ朝早くに、水辺の周辺まで警備に来ていたくらいだ。
もうジャン様は王都に帰ってしまっただろう。
ニコラの胸が、少しキリリと痛む。
(谷の村の人で、病気の人でも出たのかしら。取りに来てくれるんだったら、そろそろ薬を作ってもいいかしら)
前に入っていたキャロットケーキも、カボチャのクッキーも、プラムの砂糖漬けも、いやあ美味しかった!
まるで、誰かニコラの好物ばっかりを寄せてきたように、味もピッタリニコラ好みだった。
キャロットケーキは、薬局のおかみさんの味だし、上にかけていた可愛いリボンはルイーダの趣味だ。(尚、ルイーダの名誉の為、一応作者から、このクソダサリボンはルイーダの趣味ではないとだけ、言及しておく。)
この依頼人に覚えはないが、どうやらルイーダの紹介の人からのものなので、安心していいだろう。
(まだ危ないけど、森の中での待ち合わせなら、多分、大丈夫よね)
魔の森は、昼でも暗く、鬱蒼としている。
魔獣が蔓延って、怒らせると非常備面倒臭い、魔女が住む危険な森だ。
だが、ニコラにとっては、これ以上安全な場所はない。
ニコラをずっと、双頭の蛇から守ってきてくれたのは、この、薄暗い、不気味な森と、厄介者の魔女だった。
ニコラは満月の魔女のように怠惰なタチではない。
もうずっと、家に引きこもっているのに、すっかり飽きてしまった。
銭も稼ぎたいし、流石にそろそろ、魔獣以外の、人と話もしたいのだ。
ニコラは、磨きすぎてそろそろ減りそうな勢いの銭の詰まったツボをながめる。
ここしばらく、銭を磨く以外の事をしていない。
この娯楽のないニコラの家で、ポーションだのなんだの、手持ちの材料で作れるものはすっかり作り尽くしてしまった。早く売りたいし、さもなければ早く材料集めくらいには行きたい。
(いい機会だわ。ちょっとお会いしてみましょう)
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「隊長!! 返事!返事がきましたよ!」
ドタドタと子どものように、リバーが走ってきた。
魔法機動隊の訓練は、苛烈だ。まだ見習いのリバーが参加できる訓練は、限られている。
リバーは、参加できない訓練の時間、隊の雑用をしているのだが、最近の雑用に加わったのは、この村から結構な距離のある、魔の森の入り口まで、ニコラからの返事が届いているかの確認。
かなり遠い上に、完全に公私混同の仕事に当たるので、ジャンは自分で行くと聞かなかったのだが、なんとしてもジャンの恋路を応援したい隊員達総意の決定にて、リバーの体力増強の特別訓練と称し、リバーの雑務の一つとしたのだ。
この隊でのジャンは、あまり発言権はなかったりする。
一番若いリバーなら、森で鉢合わせてもニコラを怖がらせる事はないだろうから、と先輩の隊員達皆に願いを託されて、リバーはこの重要な任務に大変得意げだ。
「何!!」
リバーがヒラヒラと掲げている白い紙を、ジャンはひったくると、恐々と開けてみる。
訓練で、岩に向かって魔術を展開していた隊員達も、魔術の錬成もほったらかして、わらわらとジャンの元に集まってゆく。
箱の中に手紙を入れてから、もう4日も経過していたのだ。
貴族の考え方では、手紙を受け取ったらその日のうちに返信を受け取る事に慣れていたジャンは、この4日間、ほとんど眠っていないほど、緊張して待っていたのだ。
「バカねえ。お貴族様達は。魔女は気まぐれだから、返事がない時もあるし、半年後にいきなり返事がきたりするんだから」
手紙を出した事も忘れて、日常に戻るのが正しい待ち方だと村の女達に散々笑われて、隊員達は随分自分達の世界が狭いものであった事を、妙な形で知る事となる。
「まだ4日目なんて、早いじゃないですか!!きっといい知らせですよ!!」
リバーは己の事のように興奮だ。
「で、なんて書いてるんですか、隊長」
普段は冷静な、リカルドまで興味深そうにジャンの後ろから覗き込む。
「静まれ!!!」
実に威厳のある声で、隊を一括するのはこのアホらしい騒動の主、この隊の隊長。
一瞬にして静まる、ジャンを囲む隊に、カサカサとした紙が開かれる音が響く。
ごくりと唾を飲み込み音。
ジャンが、短い文を朗々と読み上げた。
「月の満ちる日。朝。新月」




