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その頃ジャンはというと。
「やらかしたー!! やらかしてしまった!!」
べそべそと頭を抱えて、宿舎の、部屋の隅っこで体を丸めてウジウジしているのが、どうやらジャンらしい。
自分が命を懸けて、双頭の蛇の魔の手から救い出したニコラに、自分の昂ぶった思いのたけを、まだ何も知らされていないニコラに思い切りぶつけてしまい、怯えられて逃げられてしまったのだ。
おかげで、ニコラの発見が、悲願であった、王都の騎士団からの迎えの使者も、領主からの使いも、誰も全くニコラに会うことができずにお手上げ状態なのだ。
魔女仕込みの逃げ足の速さは、本当に見事なものだ。
これから、魔の森に逃げ込んだ、魔女仕込みの逃げ足のニコラをどうやって捕まえるのかは、ほとほと至難の業になるだろう。
この事件で、大きな手柄を立てたはずの功労者のジャンだというのに、関係者のあちこちから、ニコラを驚かせて逃げられてしまった事でこっぴどく叱られてしまい、全く面目がない。
「大体、自分が作ったポーションを摂取している患者が、自分の預かり知らない所で、ポーション製作時の思考を読み取ってるなんて、若いご令嬢にしたらめちゃくちゃ気味が悪いに決まってるじゃないですか」
身分が比較的低く、隊で一番年の若いリバーは、とても現実的で、そして辛辣だ。
リバーの最もすぎるツッコミに、ジャンはぐうの音も出ない。
「リバー、それどころじゃないぞ。信じられるか、このアホは、ニコラちゃんに思考過敏症の話は一切してないんだ」
「え、リカルド様、って事は?」
リバーが凍る。
リバーは、少なくとも、ジャンが思考過敏症である説明をして、ニコラにきみ悪がられて逃げられたと解釈していたのだ。という事は。
リカルドが大きなため息で、リバーの考えを肯定する。
「そうだリバー。ほとんどニコラちゃんにとっては恐怖体験に違いない。このアホ、目が覚めてから、いきなり口にしたのは、ニコラちゃんが、ひっそり思っていた個人的な思考の中身だ。このアホの思考過敏症の事情なんぞは、全く知らされてない状態だった」
リカルドの冷たい言葉に、部屋に駐屯していた隊員達の、白い視線がジャンの背中に突き刺さる。
(おい、まさか、ひょっとして、ニコラちゃんの中では、今めっちゃ「やばい」やつから全力で逃げてる状態じゃないのか??)
(ああ・・俺の姉ちゃんがニコラちゃんと同じ目にあったら、こんな「やばい」やつから隠すため、隣国に送るかもだ・・)
(ニコラちゃんは、双頭の蛇の次は、「やばい」やつにロックオンされてる状況なのか・・可哀想に・・そりゃ市にも出てこない訳だ・・)
ボソボソと、ジャンの背後で、声が聞こえる。
ジャンに暑苦しいほどの忠誠を誓っているはずの隊員達だというのに、ニコラへの同情を何一つ隠せていない。
「と、兎も角だ!」
居た堪れなくなったジャンは、頑張って、強い声を作ってみる。
「この不測の事態をどのように回復させるのか、お前達の手腕の見せ所だ!総員、直ちに対策を講じるように!!」
どこのドイツ人がこの状況を作ったと思っているのだ、としらっとした雰囲気が部屋を包む。
何とも名状し難いこの嫌な空気を救ったのは、薬局の娘、ルイーダ。
宿の外から隊員達を呼ぶ呼び声は、呑気な3時のお誘いの、呼び声だった。
「みいいなさあああんん!おやつの時間ですよう!今日は!なんと!キャロットケーキですよ!!」




