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にやにやと、爆弾発言のリバーに、思わずニコラは、席を立ってしまう。
「はあああ???」
抱え込んでいた、茶器をおっことしてしまった!
銀貨2枚分は間違いない、一般用としてはそこそこの茶器だ!やばい!
そうニコラがぎゅっと目を瞑ると、リカルドが、何か詠唱して、地面に茶器が届く前にふんわりと魔力を纏って、ふわふわと机の上の戻る。見事な魔術だ。魔女の使うものと違って、速度が速い。だが、今はそれではない。
「た、たた隊長様と、私は、お会いした事なんて一度もありません!それに魔女と取引って・・正気の沙汰ですの??」
ニコラは何せ、満月の魔女に育てられたのだ。
魔女のアコギさは誰よりもよく知っている。魔女とは絶対に取引などするものではない。
魔女の元で育ったニコラだからこそ、何があっても絶対魔女との取引はするまい、と思っているほどだ。
「まあ、そこのところは隊長が目を覚めたら二人で話をすると良いよ」
二人はなんだかにやにやしているが、ニコラにしてみたら晴天の霹靂もいいところだ。
「隊長はね」
リカルドが、気の毒そうに、遠くを見て、ニコラに告げる。
「思考過敏症なんだ」
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察するに、目の前の、輝く美貌の男が隊長らしい。
この男が、口づけを介してニコラに内部干渉の解呪の魔法を放ったらしい。
その恩人に、ニコラが見事な頭突きを食らわして、今まで意識を飛ばしていたのだ。
意識が戻ったと、ジャンについていた隊員が知らせにきて、ニコラはジャンの部屋に案内される。
ニコラが展開した、魔女の魔法を解くことができるほどの魔力を持っている隊長が救助に来てくれたのは、ニコラは実に運が良い。隊長ほどの魔力を持つ人間は、王都にも、そうは存在しないとか。
ニコラが案内された部屋は、この城の憲兵の控室ではなく、良い客間の一つらしい。
見事な装飾が施されたドアの前で、もうニコラのソロバンは音を弾かない。
おいくらになるのだろう、想像もできないのだ。
「ニコラ、無事か、よかった」
掠れた声には、少し覚えがあるような気がしたが、治療のためとはいえ、口づけを交わした男だと思うと、それだけで思考回路がパンク寸前だ。一応は、この銭ゲバ、乙女なのだ。
隊員が、ノックして扉を開けると、ソファに座っていた美貌の男が、泣きそうになりながらニコラの元にふらふらと歩み寄り、その手をとる。
まだ着替えていない、寝間着のままだが、この男は領主からよく扱われているらしい。
寝間着は非常に柔らかい絹でできており、ボタンには、貝が使われてあった。
ニコラが見たことのない、煉絹だ。この寝間着は、金貨何枚分かにはなるのだろう。何枚にになるのか、やはり想像もつかないが。
ニコラの手をとっているのは何度見てもニコラの知らない男だ。なぜこんなに愛しそうにニコラを見つめて、大切な宝物のように手を取るのか。
美貌の男は、涙を浮かべながら、
「大丈夫だ、君の銭は無事だった。全部で5つとも、ツボは無事だった。あと、パン屋の親父に山ほどチョコレートのパンを注文しているからな、届いたら全部一人で食べていい。本当に怖かっただろう」
声を震わせながら、感無量といった具合に掠れた言葉を発した。
感無量、といわんがばかりのこの美貌の男を前に、ニコラは凍りつく。
なぜ、ニコラのツボの秘密を知っている。あれは床下に大切に隠していたものだ。
岩場の魔女にも、日照りの魔女にもわからないように、しっかり魔術をかけているのだ。
なぜ、チョコレートのパンの事を知っている。ニコラは昨日初めて食べたばかりだ。
大体、なぜこの男が、大銅貨一枚はするチョコレートのパンを、山ほどニコラに買ってくれるのだ。
ニコラはたじろいだ。タダほど高いものはない、気をつけろと魔女には言われていた。
「今度私が王都まで案内するよ。時計の塔が見たいんだよな。私が連れて行くよ。一緒に噴水広場に遊びに行こう」
なぜ。
なぜニコラの妄想を、この男は知っている。ジャン様と一緒に行けたらいいなと思っていた場所だ。
ニコラの背中に汗が流れる。魔女の元には、いろんな人がやってきた。悩める者、強欲な者、意地が悪い者、病気の者、恋する者。
金額を弾かなくなったニコラのソロバンは、この目の前の男に対して、魔女のソロバンを弾いた。
(やばいお人だ)




