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目隠しの結界を張ると、ジャンは、大切にマントの中に抱え込んでいたニコラを、そっと見つめる。
(綺麗な娘だ)
ジャンはため息をついた。
そして、過去に口づけを交わしてきた、美しい王都の娘たちの顔を思い浮かべる。
艶やかな娘、可憐な娘、賢い娘。全てが泡のように浮かんで、そして消えた。
(ニコラ・・)
目覚めさせる事ができた後、ニコラをどうしてやればいいのか。
伯爵家を再興するのか、では後ろ盾は。ニコラを貴族に返すのであれば、どの派閥から。
双頭の蛇はニコラを狙い続けるだろう、どうしてやればいいのだ。
ニコラ。ニコラ。
そして、ジャンは、深い口づけを交わして、ニコラの思考の奥に触れて、そしてその先に何を望むのか。
ジャンは、若くから隊長として、慎重に、用心深く部下を守り、組織を守ってきた、責任感の強い男だ。
今回のように、何も考えずに、熱情だけで行動するなど、あり得ない事だ。
だが、ジャンは覚悟を決めた。
(もう何も考えない。全ては、後だ)
ジャンは、ニコラのその白磁のように美しい白い顔に、唇を寄せた。
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ニコラは夢を見ていた。
自分で展開した睡眠魔法とはいえ、自分で夢の内容までコントロールできる訳ではない。
今日の夢では、久しぶりに、満月の魔女と、ニコラは二人、月明かりの下で、床下からツボを出してきて、一緒にツボの中の銭を数えていた。まだニコラが小さな幼女の頃だ。
銭を数えている時の満月の魔女は、実に機嫌が良い。ニコラは、満月の魔女と一緒に銭を数えるのが大好きだ。
「いい音だね、ニコラ。イヒヒヒヒ」
一枚一枚愛でるように銭を数えて、魔女はニコラに硬貨を手渡す。
ニコラは、手渡された銅貨や銀貨をピカピカに磨いて、大切そうにまたツボに入れる。
ニコラは、月明かりにピカピカな硬貨を照らして、誇らしげに魔女に見せる。
「綺麗だね、おばあちゃん」
「ああ。この世に銭ほど美しいものはないね」
二人で顔を見合わせて、イヒヒ、と嫌な笑いを浮かべる。
ひとしきり磨き終わると、魔女はニコラと二人で、マンドラゴラの根を干して作ったポーションの、その残り滓で作った黒いお茶を啜る。グロテスクだが、体が温まる上に、ちょっと上品な甘さがあるのだ。
魔女は、当然のように、多めに注いだ方のコップをニコラに渡す。
「さあ、もう寒くなったろう。明日は湖の奥の、日照りの魔女の所まで、会合だから、早く寝てしまい。そろそろお前にも、飛行用のほうきを作るように、あのババアにうるさく言ってるんだけど、あのババアは酒ばかり飲んで、どうしようもないね」
そんな満月の魔女は、銭ばかり数えて、領主に注文を受けている魔道具をもう半年も手につけていないのだが。
「はーいおばあちゃん、寝る前にちゃんと鍋をひっくり返していてね。お金が入ってくるおまじないだよ!」
「ニコラはいい子だね、イヒヒ。そうそう、そうやって八方手を尽くして銭は迎えるんだよ」
会話自体は下品極まりないし、銭を数えて喜んでいる二人は、えげつない。
だが、満月の魔女は優しい瞳でニコラを見つめ、ふしくれだったその魔女の手は、ニコラの髪を撫でる。
ニコラは全く疑いなく魔女に天真爛漫な笑顔をむけている。
ニコラは、満月の魔女との暮らしを愛していた。下品で、強欲で、そして愛情深い魔女との暮らしは幸せだった。




