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[完結] 銭ゲバ薬師と、思考過敏症の魔法機動隊長。  作者: Moonshine
目覚め

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蒼白な顔をして、ぼんやりとはしてはいるが、ジャンはどうやら正気は保っている様子だ。


よく見ると、ジャンの身を飾っていた金のボタンや、美しい装飾の付いていたはずのベルト、刺繍の入った胸ポケットのハンカチーフ、それから細かい所では、皮のブーツの踵部分に施されていたはずの宝石飾りまで、ジャンが身に纏っていた、一切合切の金目の物が消え去っていた。


魔女の仕業に違いない。リカルドはため息をつく。

あこぎだとは聞いていたが、本当に、身包みの一切合切を剥がされている様子だ。見事だ。


(まあ、内臓を持っていかれたり、精神を乗っ取られたりしたわけではなさそうだが・・)


若干魔女のえげつなさに引きつつ、それでも、急な魔女との取引への支払いが、どうやら金目のものだけで済んだらしいことに安堵もする。


「ああ、なんだご無事でしたか」


安堵の声で、ジャンに語りかける。


「なんだ、とはなんだ」


ブスッとしたイライラした不機嫌な声で、ジャンは反応した。


「ニコラも無事の様子ですね。早く家に連れて帰って、チョコレートのクリームの入ったパンでも食べさせてやりましょう。随分怖い思いもしたでしょうからね」


明るくリカルドは笑顔を見せるが、ジャンの蒼白した顔は、固く凍ったままだ。


「・・・いや、そうでもない」


ジャンは、解析魔法を可視化したものを、リカルドの前に展開した。

リカルドは顔を顰めた。


「なるほど・・・・」


これは、外部からの干渉ができない、睡眠魔法。施術者のニコラ以外には解けない魔法だ。

そして、施術者はそのまま睡眠している。このまま、ニコラはこの世から旅立つつもりだったのだ。


この術式を解く能力がある人間は、おそらくは聖女クラスの神殿の高位治癒魔術の持ち主ぐらいだろう。

王族ですら、面会には非常に煩雑な儀式や手続きが必要となる。

そんな苦労をしている間、ニコラの命の灯火は消え去ってしまうだろう。


やけに魔女が素直に取引に応じたわけだ。


リカルドは、胸が悪くなる。

ジャンがニコラを救おうが、救わまいが、ニコラは、ニコラの意志で永遠の眠りを選択した時点で、ニコラの人生は終章に向かっていたのだ。


沈黙が二人の間を満たす頃、いきなり、


「随分としけた顔だね、男前が台無しだ」


目の前を横切った黒い猫が、魔女の声を紡いだ。使い魔だ。


「・・外部干渉のできない魔術をかけていたことは、知っていたのだろう?」


ジャンは、呆れたように、静かに淡々と言葉をかける。


「そりゃそうさ」


悪びれる事なく、猫は顔を洗いながら魔女の声を紡ぐ。


ジャンは、猫に向き直ると、大切そうにニコラを抱えながら、掠れた声をなんとか紡いだ。


「なあ、魔女よ。ニコラは、このまま目覚めないのか。この小さな命が尽きてゆくのを、私はただ、見ている事しかできないのか」


ジャンの瞳から、いく筋もの涙が伝う。


そんなジャンを、呆れたように猫は顔を洗う事も止めずに、言った。


「やれやれ、これだから坊ちゃんは嫌だね。なんで私らは、こんな男に可愛いニコラを預けたんだろうかね」


猫はつまらなそうに大きなあくびをすると、んー、とノビをする。


「どういう意味だ」


ジャンは剣呑な、凍るような厳しい声を出すが、魔女は、つまらなそうに、こういった。


「外部干渉ができないのなら、内部干渉すれば良いだけの話だ。この世間知らずは、内部干渉する方法を知らない程の、ネンネの坊やってわけでもないだろう」


イヒヒヒヒ。


黒猫は、何もなかったかのうようにニャーんとひと泣きすると、プイ、と踵を返してどこかへ歩いて行ってしまった。


「内部干渉・・・まさか」


リカルドは、ハッとした。


このリンデンバーグの領には、古くから伝わる物語がある。

白鳥のごとく美しいその城の東の塔に閉じ込められていた、永遠の眠りに付いていた美しい姫を、王子がその口づけで目覚めさせ、その後二人は結ばれて、というよくある話だ。

女の子供に人気の物語で、絵本として広く王都でも読まれている。


「・・そうか、あの物語はそういう話だったのか・・」


口づけで、体の内部に直接魔力干渉して、体内に繰り出された魔法に相対する相反魔法を繰り出せば、理論上は、ニコラは目覚める。


だが。


「救命の為とはいえ、意識のない若い令嬢に、内部干渉が可能な程の口づけ・・」


相当激しく、深い口づけを必要とする事は間違いない。口づけで済めば良いが、術が体の奥まで届かなければ、ジャンは深い内部干渉の手段として、子作りの疑似行動まで必要となるだろう。


(・・まだ、心の中も、打ち明けてもいないというのに)


好きだと自覚したばかりの女を、救命という大義名分の元で、合法的に好きにできるというのに、無駄にロマンティックなこの男は、案外純情なのだ。


だが、ジャンは望んだ。

ポーションの摂取という、間接的な方法で触れてきた、ニコラのその思考に、直接、深く触れる事ができるのだ。


もしかしたら、この娘との口づけであれば、この娘との触れ合いであれば、ジャンは、望んでいた幸せな気持ちになるのかもしれない。


ずっと沈黙をしていたジャンは、急に結界を張る。


「良いな、私が結界を解くまで、何人たりとも干渉無用だ」


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