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「ほ、坊や、大きく出たね!魔女に言い値とは良い度胸だ」
森中に響く様な嫌な魔女の笑いの後、ジャンは、己の体をどっぷりと浸している、冷たい水路の水の温度が上がって、緩んでいる事に気がついた。
・・水路に張り詰めていた、魔女の魔法が、解けたのだ。
(ニコラを、追える。。!)
ジャンはガバリと体を起こすと、
「かたじけない! 後払いで利子もつけて払おう!!私の目玉でも、心臓でも、好きなもの持っていけ!!」
そういうが否や、高速艇に、大掛かりな魔術を展開して、最速のスピードで、水路を進んだ。
ジャンの顔を覆っていた、呪いはすっかりと消え失せた様子。
「隊長!! 今我々も参ります!!」
ドヤドヤと、ジャンの隊が続こうとするが、今度は、暗い森の枝が、高速艇の行手を次々に阻んで、少しも進まない。低い魔女の、氷のように冷たい声が響く。
「おっと、この先進んで良いのは、あの坊やだけだ。お前らは日が昇るまでそこにいな」
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同じ頃。
「ふざけるな、朝になっちまう。一旦引き返して陸路でこの娘を運ぼう!」
碧眼の男が、半分泣きそうになりながらも、必死で水路を船を漕ぐ。
この荒くれ男は怯えているのだ。
何刻進んでも、同じ場所を行ったり来たりしている、あり得ない状況。気味が悪い。
これは魔女の仕業である事は、誰の目にも明らかだ。
恐怖に怯える男達を嘲笑うが如く、ガアガアと水鳥が騒ぎ出す。
魔女に目をつけられたのだ。
これ以上この水路でウロウロしていると、どんな厄介に巻き込まれるか、判ったものではない。
魔女は面倒だ。こんな気味悪い場所に、もう一刻も居たくない。
「それしかなさそうだが・・・朝までに王都の広場に娘の死体を晒せ、っていう頭領の命令に従えなかった場合は、どうなるんだ??」
「・・・・」
男達には、言葉がない。
魔女と同じくらい厄介なのが、この男達が属している、双頭の蛇という組織。
よくて指が切り落とされるか、鼻が削がれるか。
頭領の機嫌が悪ければ、腕が落とされるか、残った方の目がくり抜かれるか。
この碧眼の男は、そうやってその右目を失った。一度やり損ねたのだ。
そんな男達の恐怖をよそに、この騒動の元である、華奢で可憐な娘は、荒縄で縛られたまま深い眠りの中だ。
この男達のまとめ役だろう、濃い髭の男が口を開いた。
「この娘をこの場で殺して、魔道具の転移魔法陣を使って、死体だけ広場に送ろう。転移の魔法陣は高くつくが、報酬はでかい。お前の魔力で、すぐ送れるな」
「おい、冗談じゃない、転移魔法に使った魔法が、今度は王都の軍の追跡対象になるだろう!俺はごめんだ、やるならお前の魔力でやれ!」
「俺が見つけてきた話だ!俺の命令を聞く約束だ!第一お前以外の魔力では転移できないだろう!この魔法陣だって、俺が手に入れたやつだ!」
船の上で仲間割れが始まった、その時だ。
静かだが、猛スピードで近づいてくる、魔力で動く高速艇の水音が近づいてくるのを男達は感じた。
真っ直ぐ、こちらを音もなくめざしてくる。




