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ジャンと、部隊が押し入った先には、もう誰もいなかった。
「一足遅かったか、くそ!」
尋問に駆けつけたジャンが、少しだけ回復してきた魔力を全力で放って、この男の最も恐れる幻影を(この男の場合は、足の多い、地に這う虫の類が、一番恐ろしいものだったらしいのだが)見せる魔術を展開したのだ。
思考過敏症であるジャンは、人の思考に干渉するのが得意だ。
拷問に使われる、この厳しい魔術をモロに受けた男は、双頭の蛇の、隠し倉庫として使われている部屋を、吐いた。
「あの男、双頭の蛇に殺されますね」
双頭の蛇の秘密を明かしたのだ。放っておいても、この男には命はないだろう。
「あいつは違法薬物の使用者だ。この後、誰も脱走できない王都の牢で懲役に着く。牢にいる方が、双頭の蛇に捕まる可能性のある街中より、よほど安全な場所だろうさ」
隊員たちが、ジャンの後ろでヒソヒソと会話をするが、ジャンには聞こえない。
尚、ここは、伯爵が春の間に猟に使う為の小さな小屋だ。
湖のほとりに建ててある小ぶりな小屋で、シーズン以外では空き小屋になっている。
この小屋の地下は、水路になっており、城からの緊急脱出の経路として、有事の際は利用される。
その隠し部屋の一つが、倉庫として双頭の蛇に利用されていたのだ。
非常に自尊心が強い伯爵は、伯爵家の施設が犯罪に利用されたという事実に怒り狂い、伯爵家の誇りにかけても、なんとしてでもニコラの身柄の安全を確保する、と全面的な協力を申し出でくれた事は、つい先ほどの出来事だ。
小さなこの小屋は、本来であれば猟で狩った獲物を、一時的に保存しておく場所で、温度が一定で、ひんやりと夏でも涼しい。
この部屋にニコラは「一時保管」されていたらしい。
「徹底的に探せ!なんでもいい!手がかりになるもの、全てだ!!」
普段とても穏やかなジャンが、大声で、厳しい口調で隊員に命令する。
「は!!!」
隊員達と、憲兵は組になって、徹底的に倉庫を洗う。
ごろごろと置かれた違法な薬物が詰まった箱、違法魔獣の入れられている檻や、盗難が報告されている大きな美術品が、忘れられた夢のように転がされていた。
ニコラを縛るのに使ったのだろう、荒い麻縄の残りが、無造作に、箱の上に投げられているのをジャンは見つける。
(あんな細い、白い腕を、こんな荒い縄で縛ったのか。。痛かったろうに・・)
ジャンは、ニコラの家の食料庫の、本当にちまちまとした食糧を思い出す。あんな折れそうに細い腕を、こんな荒い縄で縛ったら、真っ赤になって痛がっているだろう。
・・そして、何かに気がついた。
(・・これは、魔法の使われた痕跡・・)
縄の投げられていた箱のそばに、放置されていた荒い麻布の下に、本当に、小さな小さないものだったが、魔力をジャンは感じたのだ。
ジャンは、麻布をひっくり返す。
麻布の下の、冷たい石の床にあったのは、小さな、小さな魔法の痕跡だった。
おそらく三刻よりも前に発動されたものだろう、魔力の残滓で、ふんわりと、まだ暖かい。
「見つけたぞ!!」
ジャンの叫び声で、狭い部屋は静まり返る。
隊員達は、整列し、魔力の残滓の前でひざまづく、ジャンをグルリととり囲んだ。
「隊長!」
ジャンは、隊員達が見守る中で、小さな魔力の残滓に、その両手をかざす。
ーー思考過敏症の、ジャンの、その能力の真価だ。
ジャンを尊敬してやまない隊員達、そしてその名高い能力を、まだ目にした事のない憲兵達が固唾を飲んで見守る。
(ニコラ、ニコラ、頼むから間に合ってくれ・・・)




