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[完結] 銭ゲバ薬師と、思考過敏症の魔法機動隊長。  作者: Moonshine
銭ゲバ薬師・ニコラ
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3

「このっ恋はああああ~~魔法の小鳥のおおおお~~背中に乗せてえええ~~」


夜中に大爆音で、王都で流行中の流行歌を唸りまくっているのは、おれそうに華奢な、見かけだけは妖精のような少女こと、ニコラだ。


姿の通りに、ニコラは声もはかなげで可愛らしいのに、祖母の影響だろう、こぶしを効かせて、野太く歌い上げて、せっかくの軽快な恋の歌が、まるで呪いの唸り声の如くだ。

魔女の歌というのは、呪詛、と相場が決まっている。

歌には魔力が乗りやすいのだ。

ニコラは別に、呪詛を誰かにかけたいわけではないが、いつも聞いていた祖母の歌の真似をして歌など歌っちゃうと、やはり流行りの恋の歌だろうがなんだろうが、いい感じにダメージを受けるタイプの魔力が乗っかってくる。

音程はきちんと取れているあたりが、また残念度が上がる。


暗いこの森の生き物達も、一体全体何事かと、ニコラの家から半径50メートルからはみな退避してしまうほどだと言うのに、ニコラの隣人は湖のそのまた向こうのテリトリーに住んでいる、岩場の魔女と呼ばれている、気まぐれな魔女のみだけなので、騒音も何も気にせずニコラは力いっぱいに唸り倒す。


「うふふ、良い感じでできてきたじゃない」


ニコニコとその可憐な笑顔を浮かべて、ドドメ色に仕上がってきた、物凄い匂いを放つ鍋を、愛おしそうに見つめる。ニコラは、絶賛ポーションを作成中なのだ。


ニコラのポーション製作は、全てこの小さな台所で行われる。


小さい家だが、ニコラの台所にはぎっしりと、ホウロウの釜や銀の匙、胴ででききた鍋など、一見すると生活用品にしか見えない、だが実際は非常に使い込まれた、高品質のポーション作成用の用具で埋め尽くされていてる。


祖母がニコラに残していった品々だ。

ニコラの祖母は、吝嗇で強欲で、怠惰というよくある魔女の見本のような魔女だったが、仕事道具にかけては金を惜しむことは決してなかった。


「良いか、ニコラ。仕事道具に金も手間もケチっちゃいけない。こいつらには精霊が張り付いて、良いポーションを作る手伝いをしてくれるんだ。」


そう惜し気もなく金貨を5枚も出してしつらえた銅の大鍋が、今日のニコラの相棒で、ドドメ色の液体の受け皿だ。銅は手入れが大変なのだが、この銅の大鍋は、見事な赤茶けた輝きを放つ。

ニコラはサラッとドドメ色の液体に指を突っ込んで味見をすると、慣れた手つきで追加の材料を銅の鍋に放り込む。


今日作成するのは、解呪のポーション。


新鮮で質の良い材料が入った時にしか作ることができない、少し高級なポーションだ。

大鍋一杯の材料から、たった小さな瓶一本分しか抽出できない上、煩雑な手順を踏むのでお値段もそれなりにする。

今日たまたま、材料となる薬草が、水辺に群生しているところを見つけたのだ。


ニコラは仕上げに、それこそ地獄の入り口のようなドドメ色の液体に魔力を込めながら有効な成分を抽出して、赤い瓶に移し替える。

すると、小さな赤い瓶に収まったポーションは、ニコラの魔力を受けて、汲んだばかりの井戸水のように透明になった。

この透明度の高さが、ポーションの質を示す。

澄み切ったポーションを月明かりに掲げて、ニコラは月の女神のようににっこりと微笑む。


(うふふ、今日は上手にできたわ。よく効いてくれるはずよ。よし、こんなに上手にできたし、このポーションは銅貨8枚ふっかけよう。グフフ。グフフフ・・ああ、売れたら奮発して苺の乗ったパイにしようかな、市が立つ日は楽しいわ。)


ニコラは、育ててくれた祖母が亡くなってから、こうして毎日を過ごしているのだ。


若い娘には、深い魔の森での一人暮らしはつらいだろう、と村の親切なおばさんたちが、村に引っ越して来るように勧めてくれるのだが、ニコラは、実は、理由があって魔の森を離れて住むことができない。


その上、ニコラは、ため込んだお金をチャリンチャリンと数えて磨き上げるのが、唯一の趣味だ。


祖母が生きていた時、月の出る夜は二人して、床下に隠した銅貨や銀貨の数を一枚一枚数えて、ゲヘヘ、とやっていたのが、ニコラと祖母との、心温まる(??????)思い出なのだ。


ニコラにとっては大切な思い出で、趣味だが、とてもではないが村に住んで、誰かに目撃されて良いような趣味でなない事くらい、ニコラにもなんとなく、ではあるが、理解はできている。


それに、この森の、この家はなんと言ってもタダだ!

森を歩けば、その恵みで、薬の材料費も食費もほとんどかからない、住まいも、ぼろいが家賃はかからないのだ。

この森から出ていくなど、不経済極まりない。


・・・ただ、話し相手がいないのと、大好きな甘いものがなかなか手に入らないのだけは、ちょっとだけ、寂しいなとニコラでも思う。

なので、市の立つ日はニコラの楽しみだ。何せお金も入って、甘いものも手に入って、そしてニコラのポーションを楽しみに待ってくれる、お客さんとお話ができる。


「あ~~な~~た~~の元にいいいい~~~とおおんでえええ~~行きたいいいいい~~」


外で、ミギャー!と猫の悲痛な鳴き声がする。地獄の唸り声のようなニコルの歌声に、逃げ遅れた軒下の猫だ。


(市で、可愛い髪飾りも手に入れたいな、青いのが王都の流行りなのよね。)


地獄からの雄叫びのような恋の歌を森中に響かせながら、ぼんやりとお買い物の事を考えつつ、ガラスの瓶の液体に、もう一度仕上げの魔力を注入して、出来上がりだ。


完成したら、床下の板を外して、今日は眠くなるまで小銭を数えよう。


魔の森に浮かぶ月はほとんど真円を描いていた。


市はもうすぐだ。


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