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ジャンがようやく、正気を取り戻したのは、それから半日もしてからだ。
危険な状態からようやく意識が上がってきたと思うと直ぐに、日の傾きに気がついて、ジャンは取り乱した。
(くそ、こんなに時間が経過している)
ポーションの摂取をしたのはまだ日も若い時間だったというのに、窓から穏やかに光を注ぐその日の傾きは、確実に西を目指していた。
双頭の蛇は、もう何年もニコラを探し続けてきた。
連中の魔力探知にかかったら、後は見つけ出して、次の日には、王都の一番目立つ場所で、惨殺死体だ。
蛇の如くしつこく、蛇の如く残酷で、蛇の如く、仕事が早い。
ニコラは決して、魔の森以外で魔力を使うべきではなかった。魔力を使ってしまったら、さっさと森に逃げ帰るべきだった。ポーションを、村まで届けるべきでなかった。
そして、張り裂ける思いがジャンの胸をつんざく。
(俺なんかに、ポーションを届けてしまったからだ)
ポーションを届けてから避難しようと、疲れる体に鞭を打って、まだ明け方にもならないうちに、村まで届けてくれたのだ。お産の世話の後の、疲労困憊な状態で、危険な道を怖かっただろう。疲れていただろう。
ジャンは、溢れる涙を拭う。
ポーションは、連続摂取が非常に大切なのだ。完治するまで一日でも摂取を欠かすと、効き目が格段におちる。
ニコラは、腕の良い薬師だ。まだ完治していない患者にポーションを届けず、そのまま自分だけ避難などできないのだろう。
お人好しなニコラ。小銭を数えて、甘いものを食べて、機嫌良く薄暗い魔の森で、慎ましく暮らしていただけなのに。
「隊長、どうか落ち着いて!!あなたは今、興奮状態だ、医者として、看過できない!!」
汗まみれで、リカルドは後ろから絶叫する。
長い付き合いのジャンの涙を見たのは初めてだった。
(俺のせいだ)
穏やかで冷静なジャンにしては、珍しく、備え付けられていた机に拳を振り下ろし、そのまま力任せに壊してしまう。
ジャンは顔面蒼白で、流れる涙をそのままに、次々と隊員たちに大声で指示を出す。
「いいか、第一班、この谷から魔の森に入る街道を当たれ!どんな魔法反応も見逃すな!第二班、村に陣を貼って警戒!第三班、リバーの目撃した昨日の事件の犯人の取り調べ、第四班、魔法伯に報告、憲兵隊に緊急連絡、それからリカルド!」
「は!」
「鳥を出せ!王都の騎士団の、団長に緊急宣言だ。ニコール・ラ・マシェント伯爵令嬢の保護応援を!」
緊急連絡の、魔術で作った鳥の発令。協力要請ではななく、緊急宣言。王都中にニコラの存在を触れ、保護を求めるつもりだ。
ジャンはもう、なりふり構わないつもりだ。
「隊長は?」
おずおずと、リバーが声を上げる。
ジャンは、グッと、唇を噛み締め、怒号の様に告げる。
「魔の森にいく。単騎だ。ニコラを探しにいく!!」
正気の沙汰ではない。
ジャンはまだ魔力発動に問題がある。双頭の蛇に囲まれたら、ジャンには太刀打ちする術もない。だが、ジャンはなにも考える事はできなかった。
もう灰色に薄くなった、そのアザだらけの美しい顔に、包帯を巻く手間も惜しんで、怒涛の勢いでジャンは、二階から、己の愛馬の背に飛び移る。
(無事でいてくれ、間に合ってくれ!!!)




