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夢を見ていた様子だ。
ニコラが、痛む頭をゆっくりと起こすと、あたりは、見知らぬ風景だ。
口には猿轡が嵌められており、腕には縄がかかっている。
猿轡にも、縄にも、魔法の発動阻害の術式が組まれている様子だ。
(捕まったのね・・)
頭がガンガンして、目が霞む。
ニコラは、ぼうっとする意識をなんとか繋いで、何が起こったかを思い出そうと記憶を辿る。
(確か、村から帰る道で、銀に光る硬貨を見つけて、それを拾ってから、記憶がないわ・・)
ニコラは、ポーションを製作したその足で、まだ夜も明けないうちの谷間の村に降りた。
作ったばかりのポーションは保冷用の魔道具に入れて、女将さんの顔もみないでそのまま薬局の玄関の扉に引っ掛けて置いて、スタコラ逃げるように、魔の森への帰路についた、はず。
(できるだけ、誰かが起き出してくる前に、森に逃げ込もうと思ったんだけど・・)
森に逃げてしまえば、追手はやってこない。
魔の森では、魔力の探知が非常に難しいのと、あと、どんな犯罪者も、やはり魔女と問題を起こすのが怖いのだ。
連中の魔力探知には、おそらく引っ掛かっている。
この森のあたりに、ニコラが潜伏している事は、連中にはバレているだろう。
この配達が終わったら、残りのポーションの配達は騎士の方にお願いして、しばらくズラかろう。
他の魔女に相談して、国境の近くの魔の森まで、送ってもらう方がいいかもしれない。
国境の近くの魔の森も、魔女たちのテリトリーだ。ニコラは魔女ではないが、国境の近くの森は、時々王都の騎士が入ったりして、あまり魔女達にとって住み心地が良く無いので、ニコラが移り住んでも文句を言うような魔女はいないはず。
そう、思っていたところだったのに。
(それが、まさか、小銭にトラップを仕掛けられるとは、ね・・)
ニコラはため息だ。
銀貨に触れた人間の魔力が、登録していたニコラの魔力であれば、そのままトラップが発動して、魔法が発動する仕掛けなのだろう。吝嗇で、金に執着する魔女の性質を利用した、見事な対・魔女のトラップだ。
魔の森に通じる街道のあちこちに、トラップを仕掛けた銀貨だの銅貨だのをばら撒けば、魔女に育てられたような根性のニコラなら、絶対に引っかかると、そう連中は踏んだ。
そして、その作戦はものの見事に大成功したというわけだ。
(悔しいわ・・せめて金貨なら、後悔はなかったのに・・一体小銭を、幾ら分撒いたのかしら。どうせなら、全部拾ってから捕まりたかったわ・・)
チャンリンチャリンと、惜しげもなく小銭を街道に撒き散らしているだろう連中の姿が目に浮かぶ。
小銭をそんな扱いするなんて、許せない。多分全部で金貨2枚分くらいは撒いてるはずだ。
悔しい。ニコラが全部拾いたかった。
ニコラは、ぐるりと、痛む頭を庇いながら、辺りを見渡した。
暗く、灯りの無い部屋には、大きな箱や、包み、それから何かの生き物が、檻に入れられている様子。
違法魔獣だろう。何やら獣を沈静する際に利用した薬物のような匂いと、何日も手入れをしてもらっていないのだろう、獣くさい匂いが充満していた。
入り口は鉄の扉に、鉄格子がかかっている小さな覗き窓がある。
どうやらここは、連中の利用している倉庫の様子。
人の気配も、魔力も感じられない。少しだけ、水の匂いがする。
(湖の近くね。)
ニコラは、不思議と恐ろしくはなかった。
子供の頃に、目の前で父と母を失った。大切に育ててくれた祖母も、長い寿命を終えた。
おそらく、酷い方法で殺されるのだろうが、殺されてさえ仕舞えば、もうあまり顔も覚えていない、優しかった父と、母と、それから大好きだった満月の魔女の元に、旅立てるのだ。
ニコラは、いつも機嫌よく一人で生きていた。何一つ、この世の未練はなかった。
(でも)
ニコラは、一筋の涙を流すと、ふ、と思う。
(昨日欲張って、パン屋のおじさんにもらったパンを、全部食べておいてよかったわ)
陶器の人形のようなその顔に、少し笑顔が浮かぶ。
(ゲヘヘヘ、チョコクリームのも美味しかったけど、何、イチゴと生クリームのパイ包みなんて、もう罪以外の何者でもないわ。胡桃のパンなんか、何、干した杏が入ってるなんて!ヒョッヒョッヒョ・・・憲兵様たちは、あんな美味しいもの取り締まらなくて大丈夫なのかしらね!デヘヘへへ・・・)
森で一人で住んできたニコラは、自分の機嫌は自分でとる事をよく知っている。
あと数刻で、ひどい殺され方をするのだろう。
ニコラも沢山の魔獣の命を奪って、ポーションを作成してきた。今度はニコラの番である事に、異議はない。
だが、後数刻の命としても、今、ここでニコラのする妄想は、自由だ。
ニコラは目を閉じて、今考えうる、一番幸せな状態の、自分の姿を思い描く。
(王都で、ジャン様と胡桃パンを食べながら、一緒に噴水広場に潜り込んで、投げ込まれた小銭を拾いに行くなんて、どうかしら。ジャン様はあんなに優しい方だから、小銭でずっしり重くなった麻袋を、持ってくださるの。ああ、なんて素敵)




