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ニコラは、夢を見ていた。
満月の魔女に初めて会った日のことだ。
確かニコラが5歳くらいの小さい女の子だった頃だ。
黒い炎で包まれた館に、父と母の腕に抱かれていたはずだった。煙に苦しんで、意識を失いかけたその次に、気がつけば、たった一人で見知らぬ森の中を、彷徨っていたのだ。
(怖い・・ここはどこ・・お父さん、お母さん・・)
部屋ばきのままで、暗い森を、どのくらいの時間を彷徨っていた後だっただろうか。
目の前に、死神のような、黒いローブを纏った恐ろしい魔女がゆらりとニコラの目の前に、現れたのは。
「ほう、どっかの犯罪者が逃げ込んできたのかと思えば、貴族の子供か。こんな所に飛ばされてきたとはね」
魔女は、その凍るような瞳で、ニコラを上から下までジロジロと観察した。
そしてニコラの手をとると、魔女のシワだらけの手から、何かを放った。
魔力を測る、計測魔法の類である事は、なんとなくニコラは感じ取っていた。
魔女は顔をしかめる。
「チ、呆れた。あいつ、いつかの義理を果たせと言ってるのか。こんな魔女より他に当てはなかったのかね」
ブツブツと、魔女は口の中で何やらつぶやく。
そして、返り血やらで血まみれのニコラの顔を、手に持っていた汚い布で拭いて、不機嫌そうにニコラにきいた。
「あんた、名前は」
「・・・ニコ」
「ふん。ニコなんて名前はないよ。あんたはニコラかニキータか、ニコールか、そんなだろう。ニコラでいいだろう、呼びやすい。こんな小さいのに災難だね。いいだろうニコラ。あんたの親父には約束がある。今日からあんたはうちの子だ。しっかり働きな」
その日から、ニコラは魔女の家に住むことになったのだ。
まさに、悪い魔女の見本のようないでたちの満月の魔女の元で、どんな目に遭わされるのだろうとニコラは怯えていたが、魔女はとの暮らしは、案外悪くなかった。
子供とはいえ、高位貴族の質の高い魔力を持つニコラに、魔道具やらポーションの製作の手伝いはガッチリさせたが、それなりに魔女のやり方でニコラを可愛がってくれた。
月夜の晩には、ニコラを呼んで、二人一緒にウシウシと床下の硬貨を数え、魔の森に旅人が通りかかったら、一緒に法外な値段でポーションを売りつけて小銭を巻き上げて二人で喜び、罠に仕掛けた魔獣が掛かったら、肝を仲良く一緒に引き摺り出して、魔力の高い部分を二人で半分こしてすすったり、楽しく二人で暮らしてきた。
ニコラは、怠惰で、吝嗇で、強欲な、満月の魔女が大好きだった。
そんな魔女が、繰り返し言っていた。
「いいか、ニコラ。決して、魔の森から離れた所で、魔力を使うんじゃない。お前は厄介な連中に追われているんだ。魔力探知にかかったら、お前は殺される。お前の親父を恨むんだね」
そう言って、自分の髪の毛を使って、細いアミュレットをニコラの足首に作ってくれた。
満月の魔女による、強力な発動阻害の魔道具。
家を出るときには、必ず着けるように。
ー約束は全て破ってしまった。アミュレットは壊れたし、魔力を発動させてしまった。
(おばあちゃん・・)




