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ひとしきり市の様子を話した後、リバーは退室した。
こんな谷間の村とは違い、城下町はかなり洗練されている模様だ。
リバーが訪ねて行った人形店の隣には、質の良い茶器の揃えてある店があると言う。
一揃え購入すれば、母へのよい土産になる。いい事を聞いた。
「なあリカルド、女という生き物は、何でこうも茶会に命をかけるのか。俺にはさっぱりわからない」
前線に出れば、茶器など携帯できない。
皮袋から水を飲み、手づかみで干した肉を食う。軍人のジャンは、茶器など家に一揃え有れば十分だ。
「ええ、私の姉にも茶器を買って帰る約束です。もう12セットは持っているはずですが、女とは強欲ですね。口は一つしかないというのに」
リカルドに至っては、実験室で、つい先ほど試薬だのを引っ掻き回していたガラス器にそのまま水を入れて沸騰させたものでお茶を嗜んでいる。
二人とも、茶会では、マナーとして茶葉を誉めて、茶器を愛でるスタンスだが、御令嬢達が頑張っているほどには、男の心には響かない。
ジャンは、先日ニコラに振る舞われた素朴な、田舎くさい、夢のようなお茶の時間を思い出す。
(あんな風が丁度いいんだよ)
ぶあつい頑丈そうな茶器。口当たりは無視だが、保温性は抜群で、野暮ったいが、ニコラの乙女らしい趣味の、優しいピンク色と白でできた茶器は、正直とても好ましく感じた。
そしてようやく、目の前の赤い瓶のことを思い出した。
(今日はどんな夢を見せてくれるのか・・)
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ジャンは瓶を空けるとベッドに横たわり、思考がやってくるのを待つ。
(いずれにせよ、ニコラに聞き取り調査は必要だ)
ニコラが、非業の最期を遂げた、騎士団長の忘れ形見、ニコール・ラ・バルティモア伯爵令嬢だとおおよその当たりはつけているが、事件のそのあとは。バルティモア伯爵家は断絶している上、ニコールが生存していることが判明したら、双頭の蛇が、黙ってはいない。
(父に相談を仰ごう。騎士団の現団長に話しを通してニコールの身の安全を確保してもらう方向になるだろうが・・)
ニコールの育ちも、今後の身の振り方を考える上では問題だ。
何処かの貴族の養子になるにせよ、育てた魔女の影響を受けすぎている。
貴族女性の嗜みである優雅な魔法の発動など、魔女のややこしくも複雑で頑丈な魔術を修めてきたニコラにとって、屈辱だろう。
(そもそも、騎士団ですら守りきれなかった双頭の蛇から、ニコールを守り切れる力を持つ貴族など、限られている。公爵家か、それ以上か・・)
ジャンは、可憐なニコラの、こそばがゆい思考を思い出す。
こんなに (強欲だが) 優しい心の娘。こんなに (銭ゲバだが) 心の綺麗な娘。こんなに、(金が一番だが) 乙女らしい、可愛い思考の持ち主。
(俺に何ができるだろう・・)
ゆっくりと、ポーションの製作者の、思考の波が迫ってくる。
ーものすごく疲れているらしいが、この上なく上機嫌だ。
(・・何があったんだろう)
リカルドが、手元の書付けを開き、銀の眼鏡を光らせる。
ジャンのアザは大分薄まった。
魔術が発動できるようになるまで、あと少しだ。
(今日は、俺の事考えてくれたかな・・)




