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[完結] 銭ゲバ薬師と、思考過敏症の魔法機動隊長。  作者: Moonshine
魔の森から出られない訳
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「まさか、とは思っていたが、やはりそうか・・」


ジャンの目の前に、山のように積まれた報告書は、さすが、有能な部下たちの本気だ。

王都で10年以上前に起きた出来事を、全て洗い直した調書だ。


当時王宮の国境防衛騎士団の団長だったバルティモア伯爵は、10年前に違法薬物を取り扱う犯罪集団の撲滅に携わった。

違法魔術を駆使して、薬物の取締りを逃れる、非常に悪質な犯罪者集団だった。

まだ入隊したばかりだったジャンも、魔法の痕跡を分析調査に駆り出された当時の事を、よく覚えている。


ジャンから得た、魔力の残滓に残された情報を元に、騎士団は薬物の取引現場に直接乗り込んで、首謀者を拿捕した。

首謀者は即、見せしめに王都で公開縛り首となり、組織は解体された。


だが、それで一件落着はしなかった。

この組織は、双頭の蛇と言われる、犯罪者集団の下部組織だったのだ。

そして拿捕したのは、その頭領の、若き未来の後継、娘婿だった。


双頭の蛇は、国際的に暗躍する犯罪者集団。裏切り者、敵対者に容赦しない事でも有名だ。

関係したものは、徹底的に叩き潰され、家族は一人残らず、皆殺しにされる。


当時の、双頭の蛇の収入源を叩き潰し、頭領の娘婿を公開処刑し、頭領のメンツを叩き潰した騎士団の団長への恨みは根深い物だった。


バルティモア伯爵はその後、非番の時に、館に魔術による黒い火を放たれ、館にいた使用人を含む全ての伯爵家の人間は、炎に消えた痛ましい事件があった。

現場には、双頭の蛇の犯行である事を宣言する、金の双頭の蛇を象った、紫色のカードが散ってあった。


後の調査で、屋敷には、誰一人脱出ができないように、内部で使われた魔術がほぼ発動しないように、幾つもの魔道具が使われていた上、視界撹乱の魔術が三重にも重ねがけされていたという。


その後一旦壊滅したと思われていたこの違法薬物を取り仕切る犯罪組織は、ほとぼりを冷めるのを待ち、バラバラに地方で、細々と小集団として活動していたが、現在新しいリーダーを迎えて再び犯罪集団として、大組織化が進んでいる、という。


(だが、その日屋敷にいたはずの伯爵の一人娘、当時5歳のニコール様だけは、遺体がみつからなかった。そして、焼け跡には転移陣の痕跡。もう逃げられないと覚悟した伯爵が、魔道具で発動阻害に苦しむ中で、その全ての魔力を投じて、たった一人だけ、なんとかお嬢様をどこかに逃したのではと、考えるのが自然だ)


組織へ敵対した者の復讐として、何十年経過しようとも、当事者のみならず、その家族は一人残らず皆殺しする。

双頭の蛇の、非情な鉄の掟だ。


あれほどの事件だ。

ニコールが、双頭の蛇に既に発見されたならば、王都の一番目立つ場所に、双頭の蛇の仕業である宣言の、紫のカードを残した遺体を打ち捨てたはず。

だが、未だにその報告は上がってこない。


騎士団は、非業の死を遂げた伯爵の為、せめてもと、総力を上げて忘れ形見のニコールの行方を虱潰しに探したが、行方は一切掴めなかった。5年前、行方不明として捜査は打ち切られた。

伯爵家は断絶、今当時の邸跡は、王家の管理下で公園になっている。


長い報告書の束を押しやると、ジャンは、窓の外に目をやった。


今日は満月だ。


城下町では、満月の日に、市が立つ日らしい。この日は珍しいものが沢山市に出るので、隊員達も何人かは休みを取って、恋人や家族に、この領の土産物を見繕うらしい。

この領の名物だという、陶器でできた人形を妹に買うのだと、部下の一人が笑っていたことを、ふと思い出す。


その部下が用意した、紙切れ数枚程度の報告書にも目をやる。


こちらは、ニコラの素性調査。

たった数枚しか提出されていないが、内容を見ると、たった数枚ほどで、調べきれてしまう内容だった。


満月の魔女が、10年ほど前に、突然5歳くらいの子供を保護したという文から始まる報告書だ。


この魔女の気まぐれで保護された、森に迷っていた子供が、ニコラである様子だ。


気まぐれな魔女が、子供を引き取るなど珍しい事があると、当時は城下町で話題になったらしいが、もちろん王都にそんな情報は入ってこない。


魔女は、慈善事業などに興味がない。

どうやら、ニコラの持つ魔力に興味を示して、仕事の役に立つだろうと、引き取る事を決めたらしい。


「バルティモア伯爵が、魔女の森にニコール様を転移させて逃した。そう考えるのが、自然ですね。」


「魔女の森であれば、魔力攪拌の影響で、双頭の蛇が総力を持ってしても、決して魔力による追跡はできない。それに、例え犯罪者集団でも、魔女と関わるややこしさを思えば、ニコラがいるかもしれないという薄い可能性だけでは、あえて魔女の森に近づく事はないだろう。さすが団長だ。」


ジャンは、団長への追悼に、少し目をつむった。

大きな体躯で、敵を威圧するような、非常に雄々しいお方だった。非常に厳しく、どんな権力に脅されても決して怯むことの無かった、高潔な男だった。確か、そうだ。ニコラと同じ銀の髪をお持ちだった。


「満月の魔女ほどの魔女ならば、すぐにニコール様がなぜ魔女の森に転移されたのか、すぐに分かっただろう。その上で、団長は、ニコール様の処遇を、運に任せたというところか。5歳とはいえ、高位貴族の魔力の持ち主だ。運が良ければ魔女に引き取られ、保護され、魔の森で生き残る。運が悪ければ、そのまま森で魔獣の餌食。どちらにせよ、人里に転移させて、訳もわからずに使ってしまった魔力を追跡されて、居場所を気取られて双頭の蛇に襲われるくらいであれば、万が一の可能性に縋ったのだろう。」


満月の魔女に引き取られてからは、月に一度魔女の登城に合わせて、市の手伝いをしていたらしい。

ニコラの評判は、銭には大変ガメツイが、ニコラが作る魔女仕込みの薬やポーションは、非常に効きが良い。

愛想がよく、親切な娘でと、皆口を揃えるとか。後、甘い物には目がないらしい。


本人は魔女の森から出る事はほぼなく、時々谷の村々に商品を下ろしに行商するだけで、そんな生活をずっと続けてきたらしい。


(懇意にしている男は、いない・・)


ジャンは、報告書の最後の行を、思わず指でなぞる。


己の予感通り、あの娘は、伯爵の忘れ形見、ニコール嬢である可能性が高い。


(あの娘を巡り、騎士団と、双頭の蛇のメンツをかけた争いになりそうだな・・)


(ニコラに会って、話を聞こう。それからだ)


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