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「隊長ううううう!!なんて水臭い、俺にも命令をしてください!」
「うるさいな、これは俺が隊長から命令を頂いた件だ、黙ってろ!」
「あ、これなら俺の方が適任じゃないですか!俺にいかせてください!!」
ワイワイと、三人の部下に出した依頼をめぐって、残りの部下達がうるさい。
「慕われすぎているのも、考えものですね。」
リカルドが、目をパチクリとして、この非常に珍しい光景を観察する。
部隊にとってはいつもの光景だが、筋肉ダルマの男達がジャンの命令を我先に取り合う光景は、やはりリカルドにとっては珍しい光景だ。
他の隊では、そうはいかない。
ジャンは物腰も柔らかく、声高でもないので、他の部隊のように、カリスマ性や、威圧感で部隊を引っ張っていくタイプでは決してない。
だが、案件に着手する際は、隊の誰よりも一番危険な任務につき、隊員の為に体を張り、そして、何よりも隊長として非常に優秀で、誰もがこの隊での居心地に不満を持つ事ないように、細やかに心を尽くす。
食事ですら、一番良い肉は、部下にわけてしまい、決して手を付けない。
そんな事が、もう十年も続いていれば、どんな気難しい隊員も、このように、暑苦しほどジャンを慕う。
そんなジャンが、個人的に、と隊員に依頼をお願いしたのだ。
隊は擦ったもんだの大騒ぎで、我先にと個人的なお願いだからと遠慮がちなジャンの依頼を奪い合う。
ジャンの個人的なお願いは、二つ。
一つは、十年前の、騎士団団長が暗殺された件に関する事件の資料の洗い直し。
王都に戻り、関係者を洗い直して、騎士団ともコンタクトを取る必要がある、かなり面倒な仕事だ。
部下に依頼したのは、今のジャンの呪いで真っ黒の状態では、ちょと王都でウロウロするのは厳しいから。こんな理由がない限り、私用を部下に頼んだりするような男では、決してない。
二つ目は、ニコラの素性調査。
「あー、あのガメツイ可愛い子ですね!」
ニコラの素性調査を依頼した部下が、ガハガハと笑う。
ニコラは騎士団の顔見知りではあるが、村長の奥さんが騎士団に出すおやつが焼ける瞬間に、一瞬だけ顔を出して、一番大きくて一番旨そうなマフィンだのクッキーだのを、隼のような正確さと素早さでさっと取って、さっと帰っていくので、騎士団の誰も話はしたことはないらしい。
騎士とお近づきになりたい村の娘達の、しなしなした娘らしい態度とはあまりに違って、かえって騎士団の眼を引いていたのだ。しかも、ニコラは村では珍しい銀の髪に、(見てくれだけは)美しい姿。
異物に警戒し、注意を払う訓練を受けている優秀な騎士達は、この村の異分子としてのニコラには、既に注意を払っていた。ただの脳筋集団ではないのだ。
「なんですか、隊長が女の子に気を回すなんて珍しいですね!」
「めっちゃ可愛いもんな、あの子!どっかの貴族令嬢みたいに綺麗だよな。彼氏とかいんのかな」
「俺も話してみたいけど、きっかけがなあ~~」
ニヤニヤと面倒な方向に話に盛り上がりそうになった時に、リカルドが助け舟を出す。
「ああ、あの子が隊長の解毒ポーションの作者なのだけれど、思考の部分で、彼女が気がつかないうちに、事件の目撃者になっている可能性がある事に、隊長がポーション摂取中気づかれた。保護や協力が必要になる前の、前調査だ。まだ正式に騎士団の扱いにはできない理由がこれだ」
「なるほど、隊長の命の恩人ですね。まさか情報源が、隊長のポーション摂取からでは、説明がしにくいですからね。任せてください!」
「あんな若いのに、あの立派なポーション作ってるなんて、すごいですね!宮廷薬師の作るのと遜色ないですよ!」
「毎日薬局に薬おろしに来てるみたいだから、ちょっと女将に話を聞いてきますよ!」
「おい、お前薬局のルイーダちゃんと仲よかっただろう、なんか聞いてないか?」
ワイワイ部下達は楽しそうだ。
リカルドが言ったことは、嘘ではない。
ジャンは、部下にはうまく隠し事などできないので、本当に助かってしまう。
「ああ、まだ詳しくは言えんが、そういう事だ。頼んだ。彼女の交友関係を、詳しく探ってくれ。特に、懇意にしている男がいれば、丁寧にな。何か手掛かりが見つかるかもしれん」
難しい顔をしてそんなことを部下に依頼するが、要するに、彼女に恋人らしい男はいるのかとか、そういう事を仕事にかこつけて、この男は知りたいだけなのだが、ジャンに心酔している部下達は、そうは思わなかったらしい。
それぞれ深刻な依頼と受け止め、誰ももう、ニヤニヤ顔を浮かべるものはいない。
「それまでは、調査と保護をかねて、魔力の発動ができない状態の私が彼女の周りを警戒する。お前達は魔力が多すぎて、敵に感づかれてしまうから、共はいらん。いいな。事のあらましが判明するまで、この件は極秘だ」
「「「「は!!!!」」」」」
ビシッと騎士の敬礼をして、隊員達はきりりとジャンの部屋を出る。
「・・・・・・・・」
「・・・・」
パタリと隊員達が扉をしめた音がした後、ジャンとリカルドは、二人言葉もなく部屋に残された。
しん、となんとなく、威圧的な沈黙が続く。
「・・・隊長」
先に口を開いたのは、リカルドだ。銀色のメガネの奥の、普段は優しい緑の瞳が、冷たく光を放つ。
「なんだ、リカルド」
別に後ろ暗いところは何もないのに、なんとなく、ビクビクしてしまう。
「あの子に、惚れましたね・・?」
「・・・・」
ジャンは、否定も肯定もできない。何せ、まだこの気持ちが恋だと、よく分からない。
なんでリカルドも、それから魔法伯も、この気持ちを恋だと断定するのだ。
「職権濫用ですね。完全に」
赤い瓶を押し付ける。
「どんな可愛い夢を見せてくれているんでしょうね、私も知りたいですよ」
ジャンは赤面する。