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翌日。いつものごとく、赤い瓶を、空ける。
ゆっくりとこそばい感情が、ジャンの元に、おとづれる。
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「ジャン様・・」
「ニコラ・・」
「ニコラ、どうか私の事は、ジャンとよんでくれ。」
「そんな・・恥ずかしい・・」
二人は王都の時計台で落ち合って、小さな白い花を騎士は乙女に手渡す。
時計台には、金貨のお顔にもなっている、12代の王のお姿がある。
「特大の金貨のようで、とても美しいわ」
「君の、銀貨のような髪の方が美しいよ。君の唇は、赤銅でできた、新しい銅貨のようだ。君の声は、銀貨と銀貨を合わせた音のように美しい。ニコラ、君は王都のどの硬貨よりも美しいよ・」
「ジャン・・」
二人を祝福する様に、小鳥が歌を歌い。
蝶を追いながら二人は川沿いを歩き、触れそうで触れない二人の手は少しずつ近づいてゆく。
やがて包帯だらけの、顔も見えないジャンのその大きな手がニコラの指先をとらえて・・触れ合う二人の手は少しずつ絡み合い、やがて二人は見つめ合い、嬉しいような恥ずかしいような・・・
「ぎゃああああああ!!!」
「隊長!!!」
ジャンは額に大粒の汗を浮かべながら、ベッドの上をもんどりがえる。
リカルドは顔面蒼白になって解毒剤を手にベッドに駆け寄る。
「い、いや、すまん、なんでもない」
「ですが、発熱と発汗が。ポーションの影響だとしたら、直ちに対応を」
「いや、本当になんでもない。少し驚いただけだ。本当に」
驚いただけなど大嘘だ。
ある意味、苦行だ。拷問!!!だ!!!
甘い酸っぱい青い!!!!!
額も汗が止まらない。
ジャンは小っ恥ずかしくて、目の前の医師を直視できない。
これはニコラの夢だ。大満載の乙女の妄想だ。
こんなむず痒い思いを抱かれて、ジャンは息もできない。
(あと数刻、このあま痒い想いに支配されるのか・・!)
ジャンは、震える。
だが、決して不愉快ではない。むず痒くて死にそうではあるが、ニヤニヤが止まらない。それに、
(嬉しい。、だな、この感情)
ニヤニヤが止まらないこの古い友人に、リカルドはそうっと、精神汚染の影響を懸念して、鑑識魔法をかけていたことは、ジャンは知らない。
・・・・・・・・・・・・・・・
夜も深まった頃。
「それで、夜会には参加出来そうか」
魔術でできた、黒い鳥とジャンはボソボソと話をしていた。
わざわざジャンの病室まで、声を伝えるのは、ジャンの父。上級魔術師の手による、素晴らしい魔術だが、ジャンはため息だ。
こんな大袈裟な魔術を使ってまで、ジャンに確認を取りに来たのは、ジャンの結婚についてのあれこれだ。
この夜会でパートナーを見つけなければ、ジャンは父の決めた相手と、政略結婚する事となる。
「まだ呪いの影響で魔術が発動しないので、私は警備としては役に立ちません。それに、顔に黒斑がまだ残っているので、夜会に参加できるかは微妙かと」
「・・なら、ジョセフィーヌ嬢あたりで決まりだな」
父の見繕っている、結婚相手候補の一人の名前だ。
きつめの美女で、ジャンとしては好みと言えないこともないのだが、一度口づけを交わした時の、お相手の頭の中には、ジャンに対する思いよりも、実家や、実家の母親に対する思いの強さでゲンナリとした事を思い出す。
家格は合っている。美人だ。性格も、まあ打算的で、実家の役にたちさえすればいい様子。
政略結婚に納得してるのだろう。
ここらが年貢の納め時だな。
ジャンも、異議はない。だが。
今朝方も、ベッドでもんどりうちながら、ちょっと強欲な銭ゲバなニコラの、甘酸っぱい気持ちに体を任せていた日々が終わるのは、とても、とても、寂しい。
ジャンは、一つ大きなため息をついた。
(潮時だ。わかっている。だが)
ニコラの残像を、頭の中から振り払うと、現在魔法機動隊の上部機関である、王立魔法軍の上位指揮官の顔を持つ父に、質問をする。
「父上。私が魔法機動隊に入隊したばかりの頃に、国境防衛騎士団の団長が殺害される事件があったことを、覚えておられますか。」
一瞬の沈黙のち、伯爵は答えた。
「ああ。痛ましい事件だったな。」
「事件の首謀者は捕まったものの、組織自体は壊滅していない。そして団長のご家族は、行方不明のまま。」
「その通りだ。捜索は五年前に打ち切られたが、国境防衛騎士団はまだ皆、血眼になって残党を追っている・・ジャン、お前なぜそんな事件の話をする?」
確信はない。だがニコラの事が、どうしても、気になるのだ。
満月の魔女とニコラは、血縁関係はないという。
ニコラは大切に、魔女から愛情を持って育てられていた様子だ。
だというのに、ニコラには、結婚まであの家を出て生活ができないように、満月の魔女から家への執着の呪いがかけられていた痕跡がある。魔女は亡くなり、効果はもう消えた様子だが、実に不自然なことだ。
その上、あの家には、魔力の拡散の幻影魔術があちらこちらに施されている。
ニコラが一緒でないと、決して誰も、あの家にはたどり着けない。
それに、ニコラは、魔の森に一人で住む平民の娘としては、不自然なまでに、美しすぎる。
あの銀の髪は、間違いなく高位貴族の血だ。
いつか、ニコラの見ていた悪夢の内容には、ジャンに心当たりがある
・・長年の魔法機動隊の隊長としての、勘が、何かを告げようとしている。
「父上、婚約の成立前に、この件で少し気になる人物の調査をさせてください。そのあとは如何様にも」
黒い鳥が、青い光を纏い、姿を変える。
伯爵の形に姿を変えた幻影が、ゆっくりとジャンに近く。
「。。。事件の解決は、国境防衛騎士団の、悲願だ。何事にも優先して、事を運ぶように」