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「やややや、やあ、ニコラさん、また会いましたね・・」
魔の森のほとりの水辺で、薬草を摘んでいたニコラの背後から声がした。
新鮮なこの薬草は、解呪のポーションに必要な薬草だ。朝採りのものが一番良いので、ニコラはここのところ毎朝ここまで、新鮮なものをとりに行っている。
「ジャ、ジャン様!」
キリリと立ち姿も都会的に洗練された騎士に、不意に声をかけられて、ニコラは思わず手に持っていた薬草入りの籠を落としそうになってしまう。
・・キリリ、と表情の見えないぐるぐる巻きの包帯の下で、表情筋を整えて、また会いましたね、などジャンはスマートなことを言っているが、ジャンは間違いなく、もう明け方ちかくから、この水辺にニコラが薬草を摘みにくるのを待ち構えていたのだが・・リカルドの冷たい眼差しを、背中にずーっと受け続けたのは、この際気にしない。
(だだだだって、俺のことをまた会いたいと、思っている乙女の願いをちょっと叶えてやるくらい、バチは当たらない、だろう・・それに、やはり彼女の出自が気になる・・これは、調査だ。そうだ、調査だ)
また自分に言い訳をあれこれ用意してやるが、要するにこの男、偶然を装って、ニコラに会いたかっただけだ。
あの悶絶するほどくすぐったい思いを、己に持ってくれている乙女の願いを叶えないなど、男がすたるではないか。
王都からの紳士な騎士。
銭ゲバニコラだって、一応は、都会や恋に夢見るうら若い乙女だ。
昨日の夜はずっと、ずっとこの王都の騎士の包帯の下の顔を夢想しながら、一緒に見たこともない王都の街を、キャッキャウフフとデートする空想しながらポーションを作っていたその矢先だ。
思わずニコラの顔が真っ赤になる。
「きょ、今日もこんな早くから、森の見回りですの?」
思わず、泥だらけのきたねえエプロンをはたいてみたり、お下げを整えてみたり、乙女は忙しい。
(か、かかか可愛いな)
真っ赤になってモジモジと髪を撫で付けているニコラが、めちゃくちゃ可愛い。
・・ジャンは、自分の為に作られたポーションの材料が、早朝のこの水辺で収穫されたものである事を知っていて、ここでニコラに会えないか待っていたのだ。
「ええ、ニコラさん。アジトは壊滅させたとはいえ、まだまだ敵国の連中がこの森に潜伏している可能性は高いです。ニコラさんの安全の為にも、水辺の早朝の見回りはしばらく欠かせない」
一晩中考えてきた言い訳が、ツラツラとこの男の口から出てくる。
「ここの森は、魔力を持つ植物や魔獣で満ちていて、魔力追跡ができないので、誰かから追われている者にとってはとても良い潜伏場所なのでしょう。最も、魔獣や魔女がウヨウヨしているので、他国からの連中にとっては実際問題良い潜伏場所といえるかどうか」
ふとジャンの本音が漏れ出る。
ふわふわの恋に恋する乙女のニコラの顔が、一瞬強張ったことに、ジャンは気づかない。
「ニ、ニコラさん。よろしければお宅までお送りしましょう」