27
「フォレスト、やるじゃない。貴方がこんなに料理上手だなんて、知らなかったわ」
「本当だ。さすがに家でいつでもいいもん食ってるから、すぐに美味いもん作れるんだろう」
「初めてでこんなに上手にできるだなんて、フォレスト貴方天才なんじゃないの?公爵なんてやめてしまって、今からでも料理人の弟子入りすればいいわ!」
フォレストが生まれて初めて作った、玉ねぎのスープに皆、おおはしゃぎだ。
当のフォレスト自身もびっくりだ。
台所に入ってきたフォレストに、料理の工程は、魔法に実によく似ていると、ジャンが教えてくれた。
「いいか、フォレスト材料を混ぜて、火の力や水の力を持って、編成するんだ。フォレストの魔力ならスープが得意だろう。私は焼くのは得意だが、揚げるのは、まだ上手くいかない」
奥深いものだ、と妙にエプロンがよく似合う、ジャンは笑う。
フォレストの魔法をよく知るジャンによる見立ては間違いなかった。
初めてだというのに、実に美味く仕上がったその玉ねぎスープを味見したジャンは、少し悔しそうに、そして誇らしそうに、
「ありがとうフォレスト、ニコラちゃんの好きな味だ」
そう言って、太鼓判を押してくれた。
ニコラの家の小さなテーブルには、ご馳走がいっぱいだ。
公爵となったフォレストが、人生で初めて料理した、玉ねぎのスープ。
定食屋のおじさんに習って、ジャンが作ってくれた魔獣肉の胃袋炒め。
城下町のパン屋のおかみさんがわざわざ届けてくれた、チョコレートが一杯入ったパン。
メリッサが、ニコラが好きそうだと持ってきた、ウサギの形をした上品なメレンゲのケーキ。
レベッカさんが焼いてくれた、王都で人気が出てきた、カヌレ。
ルイーダのおばさんの力作の、田舎アップルパイ。
ダンジューロではこれが一番のご馳走に当たるらしい、木の実を3日も海水にさらして作った、素朴な団子。
星降る魔女が、置いていった謎キノコの謎料理。(多分食べない方がいい、と薬師のニコラは一応、警告した)
ニコラの家の、小さなテーブルを埋め尽くす食べ物には、上品、下品、貴族、平民、貧民、何も関係がない。
ニコラが好きな、ニコラが思う、うまいもの。
ニコラを慕う人々が、それぞれ一生懸命ニコラを喜ばせようと、いろんなものを持ってきた、
「さあ、お祝いだ。ニコラちゃん、おめでとう!」
「フォレストもおめでとう!」
祝いの宴は続く。
「あら、お団子、とても繊細な味なのね、これはなんの木の実なの?」
「うわ、レベッカさんのカヌレ最高ね、キャスが言ってた通りだわ!」
「こんな綺麗なお菓子見たことないわ、ちょっと村に持って帰ってもいい?」
皆わいわい、それぞれの文化からの美味いものを交換し、それはそれは、楽しそうだ。
「・・美味いですね」
初めて口にした魔女の手料理を、フォレストは素直に美味いと感じた。
「バカね!それ痺れキノコだから、美味しいって感じるだけよ!」
ニコラが慌ててフォレストの口に指を突っ込んで、吐き出させようとするが、魔法機動隊の隊員になるほどの魔力をもつフォレストには、痺れキノコぐらいの魔力の毒は、毒にならない。
いや、ちょっと癖になるかも・・
「お前は!また人からお肉を盗ろうとするんじゃない!」
大きな犬まで祝宴に加わって、ニコラのフォークから、肉を奪おうとする。
カンカンに怒っているニコラを笑っていたフォレストだが、今度はフォレストの肉をガブリ!といかれてしまい、皆大笑いだ。
「ダメよ、ニコラちゃんとフォレストのお祝いなのに、お祝いのお肉は返してあげなさい」
「魔法機動隊って言っても、本当にトロイな。こんな犬に肉を盗られるなんかスキだらけだ」
「トロイのはフォレストだけだ!私の隊は皆立派だぞ」
やいやいと、褒められたり貶されたり、今日のフォレストは忙しい。
ここにいる皆は、ニコラという娘を介しなければ、決して人生ですれ違う事がなかった人々だ。
そして、ニコラに出会う事によって、少し、人生が豊かになった人々。
(私は、忘れないだろう)
公爵の位は、この国の中でも非常に、非常に高い位だ。
今後、大貴族としての重責が課せられ、フォレストは王族に次ぐ尊き身分として、扱われる。
だがフォレストは、今日の祝宴を忘れないだろう。
ニコラの目を通した世界は、こんなにシンプルで、こんなに豊かだ。人々は等しく、それぞれの相違は祝福だ。
そして、王族に次ぐ、高き身分の公爵となるフォレストは、ニコラがそう言うように、その身を、ただの運の良い男のフォレストだと、そう受け止める事に躊躇はなかった。
「・・ありがとう、ニコラちゃん」
フォレストは、心からの感謝を込めて、ニコラに礼を言った。
「?どういたしまして?」
キョトンと、なんの礼かもよくわかっていないニコラは、その美しい首を傾けた。
ジャンは、そのこてん、と首を傾げたニコラの可愛い顔を見せたくなかったのだろう、フォレストの前に躍り出て、ニコラを抱き締めると、パチン、と片目をつぶって、笑ってフォレストに告げた。
「フォレスト、皿洗いはお前の仕事だ!その無駄に多い魔力で、さっさと片付けてしまえ!公爵家の夜会に間に合うようにな!」
・・そうか、公爵になっても、ニコラちゃんの家に遊びにきたら、皿洗いをさせてくれるというのだな。
フォレストは、ジャンが言わんとしているメッセージを受けて、うっすらと涙を浮かべた。
・・ここに帰れば、フォレストは、ただの運のいいフォレスト青年に、帰してもらえるのだな。
王に次ぐ立場の重責と、大貴族の古い歴史をその身につなぐ高き身分となる事に、自身がどこかに消えゆく感覚に、怯えていたことをフォレストは、今ようやく知る。
フォレストの魔力も、ニコラにしてみれば皿洗いに便利な水魔法と火魔法にしかすぎない。
友人のまま。対等の立場のまま。ただの運の良い、フォレスト。
ーああ、隊長が、こんなにも幸せそうに笑っているのは、そういうわけか。ー
ニコラの心に映る自分の姿が、眩しい。ニコラの心に映る、ジャンの姿を、直接その体質で感じ取る事ができる、ジャンは、どこまでも幸せなのだろう。
「仰せのままに、隊長。それからニコラちゃん」
新公爵は、ジャンからニコラの花柄のエプロンを受け取ると、軽やかな足取りで、皿を洗うために台所に消えていった。
了