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「不思議よね。フォレスト。あのね、ニコラちゃんにね、ジャンは聞いたのよ。王からの栄誉を受けたお祝いは何がいいかって」
メリッサは、今度はクリームのついたケーキの切れ端を犬にやりながら、続けた。
犬はそういえば、前の事件で見かけた時よりも、随分ずんぐりとしてきた様子。
そろそろ名前をつけてやらないと、とニコラが言っていたのをフォレストは思い出した。
王からの直接の栄誉を受ける機会は、貴族の間でも、そうそうない。
フォレストが最初に栄誉のメダルを受けた時、早い馬を父に所望した。隼のように駆けるその馬は、今でもフォレストのよき相棒だ。ジャンは非常に貴重な魔道具を、確か最初に王からの栄誉を受けた記念に父から貰い受けたと言う話を、思い出した。
「ニコラちゃんはね、パーティーしてほしい、って。お友達を呼んで、盛大に」
メリッサは、もう堪えきれないという体で、苦しそうに体を捩って笑いを抑えながら、
「お友達をみんな呼んで、ご馳走を食べて、楽しい1日を過ごしたいのですって。ここにいる皆は、ニコラちゃんが呼んだ、ニコラちゃんのお友達。皆、ニコラちゃんが大好きな人たちばかりよ。素晴らしいと思わない、フォレスト。あの子にとっては、身分も性別も、年齢も、何も関係がないのよ。お友達はお友達。ニコラちゃんが大切に思って、ニコラちゃんを大切に思っている人。ただそれだけ。そしてね、あの可愛い子は、私もその、お友達の一人だと、そう思ってくれていてよ」
貴族のパーティーではそうは行かない。
招待する客は、皆、様々なしがらみによって呼ばれている。
腹の中では何を考えているかわかったものではない、大して好きでもない連中と集まって、何が楽しいの、そうニコラは、心から不思議そうに、言うのだ。
おかしそうに笑いながら、メリッサは続けた。
「だからね、フォレスト。私たちはね、あの真っ直ぐな魂が、真っ直ぐな心で求めるものを、全力で支えて、そしてそのお相伴にあずかろうと、そう決めたのよ。みてちょうだい、私の息子を。人の心をのぞくという苦しみに蝕まれていたジャンは、自由に、そして嬉々として、ニコラちゃんの側にいるのよ。あの娘の心の中には、何一つ、醜いものはないのですって。銭と、甘いもの。ただそれだけ」
台所から、何やらいい匂いがしてきた。
ジャンが手料理の一つを完成させたようだ。
人の心の醜い部分にも触れなくてはいけないという息子の苦しみに、寄り添ってきたその母にとって、幸せそうに、銭ゲバの隣に立つ姿に、思うところがあったのだろう。
「…夫人。私はあなたの勇気を、団長の勇気を、誇りに思います」
フォレストは、心からの尊敬を込めて、そうメリッサに言った。
ニコラの心は、貴族としてはあるまじき。
だが、人としては、なんと豊かな。なんと正しい。
銭ゲバ・ニコラ。
運命に翻弄された、マシェント伯爵令嬢。魔女の孫娘、ジャンの恋人。
ニコラを形容する言葉は様々だ。だが、フォレストは、もう迷わない。
形容詞は形容詞。だが、ニコラは、ただのニコラだ。それ以上でも、それ以下でもない。
フォレストは、貴族の貴婦人にするやり方でメリッサの美しい手に口づけを落とすと、今度は下町のならず者のごとく腕を捲って、台所にいるジャンに声をかけた。
「隊長、私にも料理を教えてください。何せ今日は、ニコラちゃんとお祝いだ!私も何か、作らせてください」