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「ねえフォレスト知ってる?」
ニコラが、悪い顔をして、考えに浸るフォレストに、その美しい顔を近づけてきた。
(本当にこの娘は、美しい。)
フォレストは、ため息をつく。
おそらく、間違いなく、もしもこの娘が犯罪に巻き込まれていなければ、正しく伯爵令嬢としての人生を歩んできたなら、フォレストをはじめとする、この国のやんごとなき貴族の子息は、皆ニコラのその手を求めたであろう。
社交界の花となって、この王国の真珠と、呼ばれただろう。
(だが、今のニコラちゃんの方が、俺はよっぽど、好きだな)
王国の真珠と呼ばれて花のように社交界で微笑むニコラと、道端のゼニを拾って、いひひと屈託なく笑うニコラ。
どちらのニコラの方が、幸せそうだろうか。
フォレストのぼんやりとした複雑な思いを、ニコラは笑い飛ばすかのように、こんな話をする。
「南の国の悪い魔女はね、村に紫の目の子供ができたら、その子供を攫ってきて、肉体を刻んで、魔術の道具にしてしまうんだって」
ニコラは続ける。
「でも、ちょっと東に行けば、目の紫の子供は、光の神様の使いだとかで、今度は大切に、神殿から出してもらえないらしいわよ」
「フォレストは、東の国に生まれた紫の目の子供みたいなもんよ!」
カラカラとニコラは笑う。
(そうか)
ふ、と心が軽くなる。
ニコラにとっては、特権階級に生まれたフォレストは、尊敬の対象でも、侮蔑の対象でもない。
「そう難しく考えないで、得したと思って笑ってればいいのよ!」
(そうだな)
ただ、人よりも「得した」子供。それが、ニコラが考える、フォレストの全てだ。
フォレストの、身分も、富も、与えられたその全てが。
ニコラの心は、清々しい。銭以外の価値観の主軸を持たないこの娘の、その清々しい心は、いっそ慰めになる。
「ねえ、今から、ジャン様が、今日は私のお祝いに、私のお家でお肉を焼いてくださるの。あんたも一緒に来る?一応おめでたいんでしょ?それ?」
ニコラは、こてん、と可愛らしく首を傾げて、先ほど王から受け取ったばかりの、新しい絹のリボン製と小さな黄金でできた、徽章を指差した。
ちなみに、一応、どころではない。
次の満月の夜には、公爵家での爵位の継承を祝う大きな夜会が催される、大きな慶事だ。
今夜は公爵邸には、一族の親族が集まって、大晩餐会が開かれ、フォレストの爵位継承が祝われるという。
だが。
(ニコラちゃん、本当に銭以外に興味ないんだな・・)
ニコラが受け取った、恩寵タバコと銀のボンボニエールの方が、うっぱらうとしたら、この小さな徽章よりは銭になる。こんなもん受け取るだけのために、上から下までガッツリ着飾らされて、王宮に呼ばれたフォレストを、どうやらこの銭ゲバ、気の毒に思っている、様子なのだ。
ジャンは面白そうに笑うと、ニコラに続けて、片目をつぶって言った。
「ああ、フォレスト、よかったら君もおいで。そんなつまらないものをもらう為に、君は難儀な人生を義務付けられてしまったからね。一緒にお祝いをしよう」